不器用で無自覚

「ふっ! ふっ! ふっ!」


 三万五百三十一……三万五百三十二……


 心の中で剣を振った回数を数えていく。


 世界は平和になり、無用となった己の力。前までは身を守る事を目的。そして、魔王を討伐するという思い出我武者羅に素振りをしていた俺であったが、何故か今も義務の様に素振りを行っていた。



 別にこんな面倒な事やらなくてもいいのに……


 淡々と素振りをこなしながら自問自答を繰り返す。


 楽しくなんかないし、昼寝と称して惰眠を貪っていた方が楽で気持ちいい。



 手を一切止める事無く、平和になったその日から考えている事を再度思考する。



 だけど俺は何故……


 何度も己に問いかけた疑問。その度に答えに出会えず、考えるのを放棄した問題。


 アイクは無表情で全身から汗を発しながら回数を数える。



 というか……



「ふっ! ふっ……おい」


 突然、アイクは素振りをする手を止め、茂みへと視線を向ける。



「いるのは分かってる。出てこい」


 不自然な気が漂い、小さな物音がたびたび聞こえてきた場所に視線を向ける。



 それから数秒後。



「やっぱりバレてたか」


 観念した様子で出てくるミンファ。



「最初からバレバレだ」


 三万四千を超えたあたりからいたか。


 ミンファだったから見逃していたが、流石にずっとは気になって素振りもしてられん。



 そんなミンファは一瞬俺の顔を見て、目を逸らす。



 この仕草は……


 小さい頃からの付き合いである俺にとって、非常に見慣れた彼女の仕草。



 いつもは目を逸らさないミンファが俺の目を見ないという事は……何かを隠しているな。


 当の本人は何も気づいていないのか、俺の顔を見て視線を逸らすという行為を無意識に何度も繰り返し、俺との会話を続けていた。



「おい……」


「うん? どうかした?」


 どうかしたって……


 俺は頭を抱えながら。



「話せ」


「え?」


「だから話せと言っているんだ」


「一体何のこと?」


 こいつ……この状況でまだ隠そうと言うのか。



 口下手なアイクと、アイクの言わんとすることを本当に理解していないミンファ。



「だから……俺に隠している事を話せと言ってるんだ」


「っ!」


 顔を真っ赤にし、俯くミンファ。



 しまった……何かやってしまったか?


 傷つけようなんて意図は全くないのだが。


 ミンファを傷つける気は一切ないアイク。


 自分が口下手な事を理解しているアイクは、相手に悪いと思いながらも思った事をぶつけていくタイプなのだ。



 こういう時はどうすれば……


 困ったアイクは仕方なく、ミンファへと近づき。



「っ! アイク!?」


 俯く彼女の頭を豆だらけのゴツゴツの手で優しく撫でる。



「別にお前を傷つけようとした訳じゃないんだが……」


「ううん! 違うの! ただ一緒に買い物に行ってくれないかなと思っただけで!」


 撫でられたミンファは少し硬直したのち、大慌てで頭を上げ、本音を言う。



「……なんだ。そんな事か」


「そ、そんな事かって……」


 ミンファはプルプルと震え、ほっぺたを膨らませる。



「どうせ、日課の素振りがどうとか言って……「いいぞ」……え?」


 またもや固まるミンファ。そして、信じられないと言った様子で目を少し潤ませながら。



「ホントに!? 今言った事、後から嫌だって言っても無効だからね!」


 勢いよくアイクに迫る。



「あ、あぁ……」


 そんなミンファにタジタジのアイク。


 するとミンファはパッと花を咲かせたかのような笑みを浮かべ。



「やった! じゃあ、約束だからね! 場所は……」


 一方的に場所と時間を指定し、何処かへと去っていったのであった。



「……ふぅ」


 ミンファの姿が見えなくなり、一息をつく。


 俺にここまで迫れるのは母とミンファの二人ぐらいだろう。


 アイクは剣を下ろし、ドサッと地面に座り込む。



「……少し休憩したら残りの素振りをこなして、あいつの買い物に付き合わないとな」


 数分、空に浮かぶ雲の動きを観察しながら息を整えたアイクは残りの日課を消化する為、再度剣を振り始めるのであった。



~~~


「ミンファとの待ち合わせ場所は……ここか?」


 待ち合わせ時間よりも20分早く来たアイク。そして、目の前には大きく『愛とファンダラの蜜』の看板が立っていた。



 愛……は分かるが、ファンダラとは何だ? 人名か?


 不思議な店名もあるものだと言った様子で店内へと入って行くアイク。



「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか?」


 店内は和気あいあいとしており、何故かお客のほとんどが男女連れ。



「ミンファという女性が先に来ていると思うのだが……」


「ちょっとお待ちください」


 そう言ってウェイトレスが店の奥へと入って行く。



 やはり20分前は早すぎたのではないだろうか。それに、この格好も……




~遡るは1時間前~


「ただいま」


「あら、お帰り。今日は早かったね」


 アイクの母がリビングで出迎える。



「ちょっと用事が……」


「っ! それってまさか……ミンファちゃんとじゃないだろうね?」


 鋭い一言。思ってもみなかった発言にアイクはビクッと一瞬停止し。



「やっぱりミンファちゃん関連なんだね。私に話して……」


 母に話すと面倒だ。ここは無視して……



「……部屋に戻る」


 何も語らずその場を離れようとするが……



「ちょっと待ちな」


 母に肩を掴まれ。



「まさか……この格好で出かけようだなんて考えてないだろうね?」


「いや、荷物を置いてこのまま行こうと思っていたんだが……」


 すると母は手を頭に当て。



「ほんとこのバカ息子は……まずはちゃっちゃと風呂に入ってきな! 服はこっちで用意しておくから。あと、待ち合わせは何時だい?」


「あ、あぁ。時間は――」


「っ! もうそんなに時間がないじゃないか! ったく、こんな時間まで素振りなんてして……」


 まだ1時間前じゃないか……


 アイクは時計に目をやり、何故母がそこまで落胆しているかが分からない様子。



「ほらっ! 早くしてきな」


 そうして風呂に入る事を強要されながら、母が用意した服を着て準備を終える。



「さっきより良くなったじゃないかい」


「……そうか?」


 鏡の前で自身の服装を再確認するアイク。



「動きづらそうだしさっきの服装の方が……」


「もうほんとこの子ったら。さっさとミンファちゃんと待ち合わせの場所に行ってきな」


「まだ40分前……「いいから!」」


 こうしてアイクは家を追い出される形で家を後にしたのだった。

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