第42話 神の世界

――そういえば、杜若研究所長は?

「ああ、見てないですね。また、新作AIのプログラム室でしょう。セクサロイドの改良型なんて、使い物になるんすかねぇ……」


 J地区 ロボット工学研究所。アズサは尋ねられた上官にそっけなく返答し、研究所長の個別研究室を目指して歩き出した。

 途中、EMIとあったが、別段話すこともない。


 ――我々は研修者ではあるが、犯罪者だ。忘れるな――我々はアイドナ……。


**

「……ランドル……どこぉ……」

 何処まで歩いたのか、そもそも歩いていないのか、飛鳥はクリスタルの回廊をずーっと進み続けていた。

 ランドルも放置できない。でも、蒼も放置できない。なら、魂の繋がりのあるランドルを助けようと思ったのだが、一向に姿が見えず、飛鳥は笑いさざめくクリスタル世界で、とうとう足を止めた。


「確かに、こっちに来たはずなのに……あと、これ、なんだろう」


 くうくうと腹が鳴く。すると、体温が下がって行く感覚がする。「うーん」飛鳥は悩むもすぐに立ち上がった。蒼に会う時までに、この世界を少しでも知っておこうと思ったのだ。


 まず、歩いている感覚を取り戻すと、そこは無機質のような、有機質のような波動の感覚だった。次に、目の前に聳える結晶群だが、やはり会話をしているようだ。

 何を言っているのかまでは聞き取れないが、ラリーになっているのは分かる。

 そして、共振音だ。時折だが、飛鳥に呼応するような光と音が降り注ぐ。

 水晶のステージと言えば良いだろうか。空間は果てしなく広く思われた。


「ランドル―!!!」


 叫んだところで、本人が出て来るはずがない。飛鳥を毛嫌いして、閉じ込めるような相手が、どうしてツインソウル? 何かの間違い……と思ったところで、大きな結晶が飛んできた。

 つららのような太い結晶だが、見上げてもそんなものはない。「なに、これ」と怯える前に、一つの翅が舞った。


「上がって来い」


 声に振り仰ぐと、大きな翅をつけたランドルがそこにいた。ただし、羽は黒いほうだ。


「おまえ、オーバーライトの遺伝子動いてないの? 翅くらいだせるんだよ。ここはアストラルだから」

「え……」

「教えることが多すぎるから、実践。早くしないと、おまえの彼氏、消えるぞ」

「え? 蒼が?」

 

 ランドルは狂い始めた量子システムの大きな結晶を見上げていた。


「ヒューマンたちが、呼び起こし始めてるから。rubyが眠りにつけば、今度は抑圧されていた怒りが暴発し、世界の鼓動を変えるだろう」


 えと、はね、はね……。

 背中に熱量が籠る。気がつくと、飛鳥は不格好な翅を出して飛び上がっていた。


「出来るな。こっちだ」


 すいっと結晶の中に消えてしまったランドルを追う前に、飛鳥は目を閉じた。


 ――待っててね、蒼。

 必ず、戻るから。


 アストラルのその奥。神の回廊と呼ばれた古代システムの中に、出逢った魂は揃って入り込んだ。――それは偶然か必然か……。


 その名前には「phantom・Zeus」と書かれていた。

 

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