第15話 一流の軍人 伯井ハヤト
〇古代の五大陸〇
アジアと呼ばれる大陸は「ruby」これはかつていた「日本人」が残したPC言語に由来する。主に機械学習開発に長けており、その原動力は霊力と呼ばれる自然の力であったが、AIの戦争により潰滅し、「ruby」としてヒューマノイドが住む領域になった。
ヨーロッパは「GO」と呼ばれる。この地域の情報はAI戦争により焼失したために謎が多い。遥か昔は激戦地であったため、全ての資料は消失している。
アフリカは「JAVA」と言う。これは一定の間の繁栄都市になったが、今はほとんど廃墟である。
そして大陸で一番大きな権力と抗争のあったとされる「ユナイツステイツアメリカ」はphantomで蒼桐と飛鳥がたどり着いた先進都市である。
ここはブロックチェーン技術から発展を遂げ、今や地底世界の頂点にある。その所属としてオーストラリアがあり「C」と呼ばれる土地を保有する、一大研究施設でもあった。その中央にはrubyのようなタワーではなく、時計塔が聳えていた。
町中がカチコチに覆われている。……時計が多すぎる。それもどの時計も一律ではない。phantom政府母艦『phantom-PD-RC4F』はその隙間を静かに通り過ぎた。
***
「ホログラム?! これが全部?!」
「昔の言い方ではマトリクスと言ったらしいが、ここは政令の実験都市だからね。NYという。きみたちは、これからphantomの入国管理局を通って貰い、政府の用意した許可証を持って、phantomの学園サマースクールに通うことになるな」
全くの急展開にも蒼桐は怯まなかった。そもそもの話は、消えた兄や父のことを教えるという話だったはずだ。
「rubyには戻れるのですよね」
「え? 戻りたいの?」
意外だ、という表情で伯井は蒼桐を見詰めた。二人の目線の間に火花が散るような亀裂が走る。相手は軍人で、エンジニアだ。それは判っている。しかし、何かが蒼桐の脳を突っつくのだ。伯井のことは知らないはずなのに。
「……誘拐のような形だったことは認める」
伯井はすっと立ち上がった。素早い!と思った時には、蒼桐はセラミックの震動の激しい機体の壁に頭を押さえつけられていた。
「軍人相手に元気がいい。rubyのヒューマンは大したものだ」
「蒼!」
「お嬢さん動かないでもらえるかな」
駆け寄ろうとした飛鳥を小型銃で牽制し、伯井は軍人らしい口調で告げた。
「……いささか喧嘩を売る相手を見抜く目が足りないようだな。後は、本心を隠すスキルも、聞き出す能力も皆無と来た。原成人と言えばいいか、睨む前に話せ」
「......」
「無言の抵抗も飽きてくるぞ」
「兄の……ことを教えるからと」
ようやく声を絞り出した。(なんて握力だ……)と思いながらも、蒼桐は続ける。
「そういう……話だったはずだ。兄は、死んだ。その理由と……俺が見たデータ」
「ふん、何を見た」
言わないほうが良さそうだ、思った瞬間締め付ける力が強くなった。
「死ぬぞ。俺は機密には容赦しない」
「設計図……と……マイナス宇宙の欠片……それに……アカシックレコード……人影……」
蒼桐は思い出しながら続ける。あの瞬間――兄の手紙を開封したあの夜だ。空気はたわみ、あの中心に突然現れた大きな漏斗状の『何か』。それは先ほどrubyと応戦していた時の伯井の機械にすごく似ていた。あれは、データにアクセスするものだったのか?
あんな大量の言語の海はみたことがない。
「……」伯井は蒼桐の頭から手を離し、電子タバコをくわえた。
「充分だ。その記憶を消すか、それとも全てを知るか。道は二つだ」
「全てを知る!」
迷う暇はなかった。魂が何かを叫ぶ。(そうだ、僕はどうなるかを知りたかった。死して生まれたのか……このEARTHで)
幻を見る。
蒼桐はチェスをしていた。
しかし、相手はいない。ただ、チェスの駒を置く音だけが響く。
「どうした」
「いえ、脳裏に変な画像が……」
「……覚醒が、早いな」
伯井は目を丸くして、手のひらを翳して見せた。
「一定の脳に反応する周波数を出したんだ。きみの脳はθに反応した。純粋なるヒューマンを探していた。rubyが隠していたのか」
説明を求めようとしたところで、機体の揺れがゆっくりと止まり始めるのを感じる。
「空港に着いた。――phantom政府機関行のシャトルに乗り換えよう。そうそう。きみたちはrubyに居れば消されただろう。兄に感謝するんだな」
告げると伯井は踵を返して消えてしまった。相手は軍人だ。それも超一流の。
よく渡り合ったと思う。膝が折れた。
「蒼」
「怖かった……」
座り込む蒼に、飛鳥は頭を撫でながら「その見境なく相手に無謀にかっとなるとこ、直そうね」と微笑むのだった。
それはキリストを抱くマリアーーピカタの構図によく似ていた。
「ともかく、静かにしていたほうがいいんじゃない? 消されたら終わりだもの」
飛鳥の最もな呟きに蒼桐はゆっくり頷くのだった。
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