第8話 寺田さん

受付に立っていた秀子が難しい顔をして診察室に入って来た。

「この方、お待たせしたからかずっと凄い形相で受付を睨んでました。機嫌が悪そうなので気を付けて下さい。」

声をひそめてそう伝えてきた。

カルテを見ると”寺田重造”と書いてあった。


ああ、寺田さんか・・・。


「わかりました。この人は大丈夫だと思いますけど、一応気を付けておきます。」

秀子が診察室から出て行ったのを見て、陽子が寺田さんを呼び入れた。

「寺田重造さーん。おはようございます。お待たせしました。」


寺田重造、82歳。

特に悪い病気は無いが眼精疲労の目薬を定期的に貰いに来ている。


普通にとてもいい人なのだが、外見が映画やドラマに出てくる悪役顔なのだ。

10人いたら10人が悪役と答えるくらい厳ついオーラを放っている。

「寺田さん、おはようございます。」

らなの挨拶に寺田さんは低めの渋い声で答えた。

「おはようございます。」

顔は厳ついが全然怒っている様子はない。


やっぱり・・・。

普通に受付を見ていた寺田さんを秀子が怒っていると勘違いしたのね。


「先生、目薬が無くなりました。あまり使ってなくて1日に朝1回しか差してないんですけどね。」

寺田さんは毎回口癖のようにこのセリフを言うのだ。

眼精疲労の目薬は本来1日両目に3~5回点眼して使用する。

3回点眼なら1本で1か月くらいもつはずだ


3回差してても6本処方しているから本来なら6ヵ月もつはずなのになあ・・・。

1日1回でどうして6本が3か月で無くなるんだろ?


「息子が免許を返納しろってうるさいんですよ。」

「視力的には全く問題ありませんけどね。」

「俺もそろそろ返納しなきゃいかんと思ってるんです。」

この会話も毎回の定番だ。おそらく3年ほど前から繰り返されている。


口では毎回言ってるけど、返納する気ないんだろうなあ。


いつもの目薬を処方して寺田さんは普通に帰っていった。

最後まで怒っている気配は全く無かった。


寺田さん、いい人なのに見かけで絶対損してるよね。


そう思いながららなは寺田さんの後ろ姿を見送ったのだった。

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