「それ、応援に来て欲しかったんじゃないの?」


 休み時間に昨日のことを、かいつまんで話したら、あっさりと奈都子ちゃんにそう指摘されてしまった。応援って……剣道の?

 私がわからないという顔をしているせいか、奈都子ちゃんはポテチを食べながら話を続ける。


「うん、だって日曜日は剣道部、県大会だったんじゃないかな。近藤が団体戦に出るのか個人戦に出るのか知らないけど、どっちかに出るのが決まったから応援して欲しかったんじゃないの?」

「え……でも、私。剣道全然わからないんだけど……!?」

「いや、そりゃそうだろうけど」


 奈都子ちゃんが助けを求めるように恵美ちゃんのほうに顔を向けると、恵美ちゃんはそのまま私にがばっと抱きついてきた。


「よかったじゃない! 上手くいけば彼氏ゲットだよ!」

「いや……でも、そういうのって、よくないんじゃ」

「なにがよ?」

「だってさ……近藤くん。本当に剣道好きで。顧問のせいで園芸部の手伝いとかさせられたりするの、すっごく嫌なくらい剣道好きなのに、浮ついた気持ちで見に行くのは、失礼なんじゃないかな……」


 最初に泣かされたことは、今でも怖かったと思うけど。実際に近藤くんは背が高いし、言動がぶっきらぼうだし、女子の扱い本当にわかってないなって思うけど。

 好きなことを一生懸命好きでいるのは、私も羨ましいなと思う。私にはそういうなにかに打ち込むって情熱、ちっともないから。

 嫌なものは嫌って言えって、自分のことじゃないのに怒ってくれるのも、多分いい人だからだと思う。

 私がそう思ったことを口にしてみたら、奈都子ちゃんはぽろっと指先からポテチを袋に落とし、暑い中抱きついてくる恵美ちゃんが、そのまま私の背中をバシバシと叩いてきた。


「そこまで思ってるんだったら、なおのこと行ってあげたほうがいいよっ!」

「え……でも。私が行ったら失礼なんじゃ……」

「うーん、あたしが彼氏とデートスポットのひとつとして野次馬に行くんだったら失礼だと思うけど、近藤が頑張ってるのを知ってるあんたが見に行くのは、ちっとも失礼なことじゃないと思うな!」

「そう、なのかな……」


 剣道部の部活の応援って、なにか持ってったほうがいいんだろうか。それは近藤くんに聞けば教えてくれるのかな。私はぼんやりと近藤くんのことを頭に思い浮かべてみた。

 悪い人ではないんだと思う。ううん。むしろ優しい人だと、最近になって特にそう思っている。

 でも。

 頭に浮かんでくるのは、どうしても篠山くんと瀬利先輩のキスシーンだ。

 そのシーンを思い出すたびに、喉を苦酸っぱい味のものが突き上げてきて、それを必死で飲み下してなかったことにしてしまう。きっと今の私は、眉間に皺を寄せた変な顔をしていることだろう。

 ……もうこれは終わった話だし、私は既に死んでいるんだから、その世界の話にどうやっても介入なんかできない、どうしようもない話だ。

 ふわふわとしたものが浮かんでくるけど、それをどうしても押し留めてしまう。怖い。フラれてしまうほうがまだマシだった。私の恋心を簡単に踏み潰されてしまう、それが一番怖い。

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