園田遥香の取材②



「……ここね」


 遥香はメモを持ちながら、一軒家を見上げた。

 彼女が来た場所は、行方不明になった近藤志気雄の家だった。家族はまだ住んでいるとの情報を得て、わざわざ時間をかけてまで訪ねてきた。


 表札を確認すると、近藤と出ている。まだ住んでいる情報に、間違いはなかったようだ。


「……記者って言って、話をしてもらえるかしら」


 先に連絡を入れていなかった。電話よりも直接交渉した方が、無下にされづらいと考えたからだ。


「身分をごまかすか……でも、バレた時が大変だから、本当のことを言ってみるしかないわね。当たって砕けよ」


 長時間家の前に立っていると、不審者として通報されるかもしれない。

 悩むより行動だとインターホンを鳴らす。両親のどちらかは、在宅の可能性が高いと読んでいた。駐車場に車が停められていたからだ。ずっと停められている状態では無い。


 遥香の耳が微かな音を拾った。

 そして、息を潜めて様子を窺われている気配も肌で感じる。

 彼女が何者で、何をしに来たのか確かめているようだ。


 動かなければ居留守を使われる。

 遥香は自分に向いているカメラに、記者としての名刺を示した。


「はじめまして、園田遥香と申します。息子さんの、志気雄さんの失踪事件について話を聞きたくて参りました」


 それでも反応が無かった。一分経ったら諦めよう。時計を見ながら待っていると、玄関の扉が開いた。


「……どうぞ、中に入ってください」


 小さく肩を丸めた高齢の女性が、ほんの少し開いた隙間から、顔を覗かせて彼女を招き入れた。



 近藤千代と名乗った女性は、志気雄の母親だった。

 70代のはずだが心労のためか、もっと年齢が上に見える。白髪は手入れされていないため艶がなく、着ている服も染みがあったりほつれたりしていた。

 身だしなみを整える余裕がない。おそらく志気雄が原因で。


 遥香は客間に通され、すぐに熱いお茶が目の前に置かれた。迷ったが義理として一口飲むと、さっそく本題に入った。


「志気雄さんの件ですが……何か手がかりは見つかりましたか?」


 もし何か手がかりが見つかっていて、ただの失踪であれば、ここでまったりとしている必要はない。

 単刀直入に聞いたのは、千代にははっきり告げた方がいいと思ったからだ。


「いえ……警察も、すでに諦めています。志気雄もいい大人ですから……自殺の可能性もあると言われました。遠回しにですけどね」


 自嘲気味に笑っている千代は、何かを知っている。それを引き出せば、これがただの失踪事件ではないと分かる。遥香は確信していた。


「お母様はどうですか。志気雄さんが自殺したと思っていますか?」


 沈黙が流れた。遥香は気が長いので、待つのには慣れていた。気まずくなることはない。待っていれば、いつかは相手が話し始める。

 千代は話がしたいと言う雰囲気を持っていた。


 その予想は当たり、千代は口を開いた。


「……あの子は、志気雄は良くないものに憑かれたんです。呪われたの」




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