4章 砂の王国マガラ

第8話 ラック砂漠に咲くジャスミンの花

【前話までのあらすじ】


勝手に『魔法の書』の魔法を使ったがため、『深淵の指ラムダグ』を呼び寄せてしまった。危機に陥ったライスを助ける為にロスは魔法を使ったのだ。ロスの死を招いたのはライスなのだ。リジはその事実にライスが潰れてしまう事を心配した。しかし、ライスはロスの想いを大切にし、ロスの全てを受け継ぐ覚悟をした。そして、2人は再び果樹園に隠された祠へと向かった。

◇◇◇


【本編】


 今回は長い旅になる予感がした。


 リジは手紙を書いた。宛先は剣技の稽古をつけてくれたキース・レックだ。彼がロスの秘密を知っている気がしたのだ。それに師匠に不在の知らせをするのは弟子の礼儀というものだ。


 手紙にはロス・ルーラの訃報と「形のない宝石」を探す旅にでることを綴っていた。


 そして誰かが訪ねて来た時のために同様の手紙を机に置くと、少し多めの荷物を持って馬小屋へ向かった。


 馬小屋にはすでにライスがいたが、何とも不安げな顔をしている。


 「どうしたの、ライス?」


 「いや、あのね.. 私、馬の背に乗ったことがなくて」


 なるほど。パーティでの活動の多くは歩きの旅か馬車での移動をしていた。


 「わかった。今度、練習しましょ。今は私と一緒に」


 リジは馬小屋の中で、速さよりもひときわ力のある馬を選んだ。


 そして少し長めの鞍を馬に装着すると、馬の背に乗った。


 リジはライスが掴まりやすいようにメイド服の上に革のベルトをしめた。


 「いい? 落ちないようにしっかりベルトを掴んで体を密着させるのよ」


 「うん」


 『やっ』と短く声を発すると馬は力強く踏み出した。


 この馬の力強い1歩と、この頼りになるリジの背中はライスの心の柱になっていた。



—とある砂漠—


 カシュー国からいくつもの山と森を越えると、果てしない砂漠が広がっている。


 広大かつ高大なライ山脈の影響で乾燥した空気は、雨を降らさないのだ。


 今、氷のアシリアとチャカス族のギガウは、そのラック砂漠を歩いていた。


 ただ、ただ、南の海を目指して。


 この砂漠に出るまでの旅はとても困難なものだった。なぜなら森の中にある村は国に属さない自然と共に生きる村。そのような村は決まって精霊やエルフへの信仰が厚い。


 そんな村が『森の恥しらず』と呼ばれるアシリアを歓迎するわけがない。


 大抵は野宿だった。食料は、ギガウが村の田畑に「地の精霊の恵」を与え、報酬として分け与えてもらった。そんな不器用な旅をしてきたのだ。


 だが、森を抜けた後のラック砂漠の旅路は、エルフ族のアシリアにとって、もっとも過酷なものとなった。


 ギガウの父コラカが貯めていた路銀があった為、森と砂漠の境にあるシタール村で砂漠馬イレクを1頭手に入れられたのは幸いだった。かなりふっかけられはしたが..


 イレクの上ではアシリアがへばっている。いつもは人に頼ることないクールなアシリアも砂漠の上ではそうもいかなかった。


 「ギガウ.. どこか日陰で休みたい」


 「..ああ、そうだな」


 森を抜けまだほんの10Kmと離れていないのにアシリアが休憩を求めるのは3回目だ。


 ギガウは砂漠に手を付けると縄張りを張った。そして砂漠の下の水脈を見つけると、地の精霊の力で岩盤を動かすのだ。


 岩盤に遮られた水脈は地表で池となった。


 次に懐から「ミツメ樹」の種を蒔くと、再び地に手を付けギガウは体のタトゥを赤く輝かせた。ミツメ樹は通常でも3日で親木へと成長する。ギガウの手にかかればミツメ樹は目の前で親木となった。ギガウが太い幹の樹皮を剥がすと中は空洞となっていて、大人2人が入るには十分な広さがあった。


 「アシリア、提案だが砂漠を渡るのは陽が沈んでからにしないか? 君が急ぐ気持ちはわかるが、この現状はあまりよくないと思う」


 「 ..私は旅を急いでいる。こうしている間にも魔道具に精霊が閉じ込められている。でも、ギガウ、今回はあなたの意見に従うわ」


 正直、ギガウは胸をなでおろしていた。旅では何度となくギガウの意見を聞くことなく、アシリアは無理をしながらも旅を急いでいたからだ


 「ギガウ.. あなたが一緒に旅をしてくれて本当によかった。ありがとう」


 そういうとアシリアは眠りについた。


 ギガウは驚いた。あのアシリアが素直な気持ちとお礼を言ったのだ。


 「ああ、俺は君の友だ。頼ってくれてうれしいよ」


 ギガウがそう言うと、アシリアの頬がわずかにゆるんだ気がした。


 ・・・・・・

 ・・


 陽が砂漠の砂に隠れ赤紫の空が広がると、ギガウはアリシアの肩を優しく揺さぶった。


 砂漠の中でアシリアが弱っているのは強い陽射しのせいではなかった。


 常に森の中、木々の囁きの中に生きるエルフにとって、何もない砂漠にいるということは、精神的にも肉体的にもかなりのダメージを受けるのだ。


 例えるなら地上の人間が、果てしない水面で何時間も過ごすというのが、どれほど精神をすり減らす事であろうか。そのような状況にアシリアはいるのだ。


 しかし、ギガウの創ったミツメ樹の宿で過ごしたアシリアはかなり元気を取り戻した。


 殺風景な砂の景色もすっかり夜の星空のなかに埋もれてしまった。


 ギガウは砂漠馬イレクの歩を早めた。


 早く砂漠を抜け、少なくとも草原のある場所まで移動したかったからだ。そして、この地は砂漠の国マガラの領土。彼らに目を付けられる前にすり抜けてしまいたかった。


 砂漠を渡る間、2人を飲み込もうと、ラークマーズという魔獣が砂中に潜んでいたが、その度にギガウが精霊の力を使い、超重力で地中深くまで叩き落していた。


 ギガウは優しい男だ。精霊の力の反動で、自身がボロボロになっていても、それをアシリアに気づかれないようにしていた。


 一晩歩き、そして昼はナツメ樹の中で休む。そして3度の晩を歩き続けると、潮の香りのする風が吹いて来た。


 「ギガウ、この風は? いつもとは違う風のようだが」


 「ああ、これが海風というものだろう」


 砂の丘を越えると、朝日に煌めく海面が見えた。


 「そしてこれが海だ」


 アシリアは初めて見る海に言葉を失っていた。


 「アシリア、あそこに林がある。あそこへ」


 「ああ、助かった..」


 林の中へ入るとエルフを歓迎するように木々が音を立てた。そして木の葉をフワリと風に乗せアシリアのもとへ届けると、彼女は葉の陰に隠れた。


 「ギガウ、ありがとう。あなたの優しさを私は決して忘れない。少しの間、待っていて」


 久しぶりの土の感触、ギガウも木陰で仮眠を取った。


 ・・・・・・


 ギガウの唇に今まで感じたことのないやわらかい感触。そしてジャスミンの優しい香り。その柔らかい感触のものはギガウの口に何かを挿入した。


 滑らかな髪が頬にあたると耳元で声がした。


 「ギガウ、これはエルフ族に伝わる丸薬。もう少し眠っていて..」


 その声に誘われるようにギガウは再び深い眠りについた。


 数時間後に起きたギガウの身体は嘘のように軽くなり、力がみなぎっていた。


 「アシリア..」


 ギガウはアシリアを思い浮かべると心が弾むような幸せを感じていた。

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