第13話:前世の妻

 薄い本の中で、主人公以外の人物も前世の記憶が残ってた。

 前世が異性の場合、記憶と心が残ってると苦労するかもしれない。

 記憶が残ってるとして、女が男に転生した場合と、男が女に転生した場合、どっちが不幸だと思う?

 以前、イベントチームの仕事中に誰かが聞いてたな。

 異性として愛していた人と再会したら、同性に生まれてたとか。

 主人公は、前世の恋人が同性になっちゃってもあんまり気にしてないみたいだけどね。


 ナーゴから日本へ転生した5人、異性に生まれたりしなくて良かったな。

 前世の記憶と心が戻ったエカたちが異性に転生してたら大変だったろう。

 特にエカなんか嫁さんいるから、女に生まれてたら「男に生まれなおす!」とか言い出しそうだ。


 俺は前世の記憶なんかこれっぽっちも無いので、もしも前世が女だったとしても問題無い。

 そんな俺の前世の嫁が自宅隣の木に宿ってるんだけど、俺が彼女に関する過去を思い出すことは無かった。

 再会した時の気持ちは「綺麗な人だなぁ」程度で終わってる。

 ルルは今では俺が帰宅すると木の中から出てきて「おかえり~」なんて言ってくれるよ。

 向こうは成人女性、こっちは6歳児だから、出迎える様子は夫婦というより親子のように見える。


 で、今は……


「はい、今日のお菓子はチーズケーキだよ」


 ……って毎日俺を餌付けしている猫神霊タマの方が、よっぽど恋人みたいになってるかも。


 モグモグしながらタマの黒猫顔をじーっと見つめてたら、なあに? という感じで口角を少し上げて首を傾げる。

 見た目は二足歩行の黒猫の神霊、タマの体格は子供の俺とそう変わらない。

 顔つきはまだ仔猫のあどけなさが残る童顔だ。

 室内なので瞳孔が細くならず丸くなっていて、キュルンとした大きな瞳が愛らしい。


「タマ、やっぱり可愛いな」

「どうしたの? 再認識したみたいに言って」


 無意識に声に出して言ってしまった。

 タマがキョトンとして聞く声も、程よく高く澄んでいて可愛い。


「思ったままを言ってみた」

「ありがとう」


 微笑むタマに、性別は無い。

 猫人の体つきは男女差がほとんど無いので、性別があったとしてもよく分からない気がする。


「タマをモフれたら幸せなのになぁ。抱っこして温まりたい」

「ごめんねモフれなくて。代わりにお茶で温まって」


 タマは物質界に器が無いので、姿は見えても、声は聞こえても、触れられない。

 なのにタマが調理魔法で作り出すお菓子やお茶には触れられて、お腹も満たされる。

 なんとも不思議な仕組みだ。



 読書タイムを終えて図書館を出た後。

 いつもと同じく武神アチャラ様のところへ行ったついでに、転生で性別が変わることはあるのか聞いてみた。


「アチャラ様、生まれ変わったら男が女になったり、女が男になったりすることってあるんですか?」

「前世で死ぬ前に望めば異性に転生するが、通常は同性に転生させているぞ」


 アチャラ様の話では、来世の性別を希望しない限りは同性に転生させるらしい。

 ナーゴから地球への転生者5人全員が前世と同じ性別だったのは、異性転生を希望してないからだそうだ。



 その後、ギルドの討伐クエスト兼食材用にオークを狩って、自分が食べる分だけ肉を持ち帰り帰宅した。

 アズとルルが暮らした家には炊事道具が残っていて、使い方を教えてもらってからは自炊している。

 異世界ナーゴは電気の代わりに魔石が使われていて、炊事道具は魔石に含まれる魔力が動力源だ。

 魔石は狩りで手に入り、買わずに済むからお金はかからない。

 水は家の隣に掘られた井戸から手に入るので、これもお金はかからない。

 異世界生活、俺は日本にいた頃よりも過ごしやすいと思ってる。


「ただいま」


 帰宅した俺はいつものように家の隣の木の幹を撫でて、話しかけた。

 この木が結婚記念樹だと聞いたのは、最近のこと。

 木の中からいつものように、ルルとアズの霊が出てきた。


『『おかえり』』


 そう言ってくれる2人、自分の前世とその妻の霊。

 オオルリの羽毛みたいな青い髪と瞳の青年が、俺の前世アズール。

 彼に寄り添って姿を見せたケモミミ美女が、俺の前世の妻ルル。


「前世の恋人って、どんな感じなんだろう?」

『ルルみたいな感じだな』

『こんな感じだけど?』


 読んだ本の余韻が残ってて無意識に呟いたら、アズとルルの霊がキョトンとして首を傾げる。

 ルルには艶やかな長い黒髪、犬っぽい立ち耳、ふさふさシッポがついている。

 犬耳とシッポ以外は世界樹の民と同じ、西洋風な顔立ちの美しい女性だ。

 


「一度でいいから、ルルに触れてみたいなぁ」

『魂が抜けた器で良ければ、触れられるわよ』


 また俺が呟いたら、意外な答えが返ってきた。


「え? それって墓の中の死体?」

『お墓は無いわ。私もアズも遺体は世界樹の中にあるの』


 墓を掘り返すのはちょっと……と思ってたら、違った。

 そういや、世界樹の民って墓を作らず世界樹の中に遺体を収納するんだっけ。

 世界樹の中は時の流れが違うから、遺体は死後間もない綺麗な状態を維持されるらしい。


創造神かみさまが時間停止魔法をかけてくれたから、死にたて新鮮な状態だよ』

「……アズ、それ魚かなんかみたいだよ」


 アズの説明は、間違ってはいない。

 しかし魚や野菜みたいな言い方はどうなんだ。

 それはともかく、世界樹の中、今度行ってみようかな?

 墓参り代わりに花でも持って行こう。



※13話画像

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093080298693250

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