第9話:剣術訓練中間報告

 最近日課になってる薄い本、今日も少し読み進めた。

 主人公二度目の負傷か。瞬間移動や治癒の力は体力を消費するのか?

 エカの爆裂魔法みたいだな。使い過ぎたら命が危ないような。

 本の世界では魔法という概念が無いっぽいから、魔力も存在しないのかもしれない。

 主人公は、身体の傷より今は心の傷の方が重傷そうだ。

 メンタルは身体より治りにくいから、時間がかかるかもね。


 異世界ナーゴに転移して以来、俺は怪我をしなくなった。

 体調を崩したこともない。

 ユニークスキル【完全回避】は、精神への異常も回避するので、メンタル面も無事だ。


 でも、悲しいという気持ちが無いわけじゃない。

 精神や身体に異常が出ないだけのこと。

 前世の家族が絶望している様子を見るのは辛い。


 ジャスさんやフィラさんを初めて見た時、「父さん」「母さん」という言葉は自然に出た。

 世界樹の森を初めて見た時も、懐かしく切ない感情が溢れて泣いた。


 でも、それだけだ。


 前世アズールから記憶と心の継承をしなかった俺に、それ以上のものは無かった。

 エカは現世の身体に宿ったから完全復活したけれど、俺は現世だけの不完全な転生者だ。

 俺は今のままでいいと思ってる。

 だけど、俺にはアズの記憶が戻らないと知って悲しむエカやジャスさんやフィラさんを見ると、こちらも悲しくなってくる。


 彼らが欲しいのは【アズ】で、俺じゃない。

 前世の人格が戻らない転生者は、彼らに必要ない。

 あの日、俺は自分を必要としてくれる家族がいると思って異世界ナーゴに残ることを望んだのに。

 この世界に【俺】を迎えてくれる家族はいなかったな……。


「イオ、大丈夫?」

「え?」

「辛そうな顔してる」

「大丈夫だよ。本の主人公に感情移入しただけ」


 暗い表情になってたらしく、タマに心配された。

 とりあえず、本の影響って事にしておこう。


 今日も美味しいお茶とお菓子でお腹と心に幸せを注ぎ、俺は図書館を出た。

 アチャラ様のところで今日の修行を済ませた後、ギルドハウスに向かう。

 一昨日と昨日は出来なかった、剣技の中間報告に行く。

 1ヶ月間毎日続けた修行、時間の流れが違う神様の修行空間では10年分の成果を見てもらうために。



「驚いたな、1ヶ月でもうその域までいけるのか」


 マッチョで大柄な茶トラ猫人のギルドマスターが、薄い緑の両眼を見開いて言う。

 ようやく、訓練の進展報告代わりに剣技を披露出来た。


「俺たちにはどうやって丸木が切断されたのか、全然見えなかったよ」


 若い冒険者たちが、そんなことを言う。


 加速魔法無しでも、常人には目視出来ない速さで斬撃を繰り出せる。

 見学していた新米冒険者たちは、俺が背負ってる剣に手を伸ばすところまでしか目で追えなかったらしい。

 気が付いたら俺の周囲にある丸木が真っ二つになっていた、と彼等は言っていた。


 それが、今の俺の技能。

 下級魔族や魔物なら、この程度で倒せる。

 けど、中級や上級の魔族には避けられるから、まだまだという感じだ。


「まだ学生だから見習いランクしかやれんが、実力はもうS級だと思うぞ」

「特Sだったという前世に比べたら、まだまだですね」


 試験官の評価に冷静な感想を述べて、俺は試験会場から立ち去る。

 受付エリア、クエストが張り出されている掲示板を見に行くと、エカとパーティメンバーがそこにいた。

 彼等が手にしたクエストカードの色は、Aランクを示す銀色。

 エカはSランクだけど、他のメンバーがAだから、そちらに合わせたんだろう。


「イオさん、昨日はありがとうございました」

「おかげでクエスト達成しました」


 黒・茶トラ・白黒・キジトラの猫人冒険者たちが、ペコリと俺に頭を下げる。

 ギルドランクは彼等の方が上なんだけど、俺が世界樹の民なので目上の人として扱われていた。

 異世界ナーゴは二足歩行の猫人が築いた文明が栄える世界、ヒューマン系の容姿を持つ世界樹の民は神様の使いということになっている。


「みんな無事で良かった。もしまた魔族が現れたら加勢するから呼んで。はいこれ俺の番号」


 エカ以外のメンバーに、SETAホンの番号を書いたメモを見せて回る。

 SETAホンは株式会社SETAのオリジナル携帯電話で、地球でも異世界でも使える。

 この世界もサービスエリアに入ったので、冒険者を中心に人々の間に普及してきていた。


「エカも、魔族相手に戦う時は念話で俺を呼んでいいよ。遠慮しないで」


 肩を叩いて言いたいところだけど、6歳児の小さい身体では長身の青年の肩に手が届かない。

 代わりに尻を軽く叩いて言ってみた。

 エカが何か言いたそうな顔をしたけど、言葉はかけてこなかった。

 この様子では、緊急時でも俺を呼ばない気がするぞ。


『フラム、もしもまたエカが危ない状態になっても俺を呼ばないようなら、代わりに報せてほしい』

『うん。その時は報せるよ』


召喚獣の主が使える念話を使い、不死鳥フラムにも伝えておく。

俺はフラムの主ではないけど、俺の召喚獣ベノワがフラムと念話を繋げられる。

フラムは承諾してくれたから、エカの危機には報せが入るだろう。 



※9話画像

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093080258390975

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る