第3話:前世と現世
放課後の読書タイム、俺は薄い本をまた少し読み進めた。
薄い本の主人公の前世は、並外れた力を持つ聖者として、人々から慕われていたらしい。
その転生者が、本の世界では邪悪とされる黒髪黒目だった事で、人々との間に壁が出来てしまったようだ。
異世界転移ものでたまにある「日本人の容姿が異端視される」という設定だね。
その設定のルーツはフィンランド辺りにあったという、金髪碧眼の人種の中に突然変異で黒髪黒目が生まれると「妖精の取り替え子」と言われ異端視された事からくるのかな?
或いは、昔の日本に西洋人が流れ着いた時に、鬼と間違われたという話からだろうか?
その人種にありえない容姿を持つと、異端視されるのはよくあることだ。
主人公には前世の心が宿っていて、その人格がたまに出てくる。
けれど、記憶は今のところほとんど無いらしい。
今後、主人公の前世の記憶は戻るのだろうか?
「こんなに慕われてたら、記憶がほとんど無い転生者には重いよなぁ」
「イオはアズを慕う人々の気持ちが重いの?」
読みかけの本をタマに返しながら、俺は呟く。
本を受け取りながら、タマが問いかけてきた。
「うん。ギルドマスターと、その祖父の圧が重い」
「それは重そうだね」
答える俺に、タマが苦笑した。
筋肉多いオッサンと老人は、物理的な意味でも重い気がするよ。
2人とも茶トラの大柄な猫人で、猫というより二足歩行の虎に見える。
その2人の要望に応えるため、俺が日課にしているのが剣術修行だ。
勇者アズールの剣技を、是非復活させてくれと願うギルドマスターの祖父。
彼は、アサギリ島への魔王討伐隊に加わっていたS級冒険者の1人だった。
もう90歳を超える高齢になっていて、死ぬ前にアズールの剣技が見たいと言われている。
俺がギルド登録に行った日に、受付付近に来ていたじいさんは、俺がアズールの転生者だとすぐ気付いた。
俺の今の姿は、じいさんが記憶している勇者アズールそっくりだからね。
でも、6歳児の身体で伝説級の剣技って何?
アズールの霊に聞いたら、その剣技は神が創り出した空間で修行し続けた成果らしい。
通常空間での年月は半年程度だけど、実際に修行した時間は50~60年近いという。
修行空間では学んだことは身体に刻まれるけど、細胞の老化などは起きないそうだ。
もしも肉体年齢が進むとしても、世界樹の民は1000年も生きるそうだから、50年なんて大したことはないかも。
アズールは5歳までは特に訓練などしておらず、6歳から修行を開始したという。
今の俺の肉体年齢と同じ歳からだ。
同一の身体能力を持つなら、アズに出来て俺に出来ないなんてことは多分無い。
今後冒険者として生きていくなら強い方がいい。
そんなわけで、俺はアズールから修行方法を聞いて、かつての彼のように毎日夜間訓練を続けている。
「そういえば、イオはあまり実家に帰ってないの?」
「うん、アズの記憶が戻らないのに、前世の両親に会いに行く意味は無いと思ってね」
お茶と菓子をテーブルに置きながら、タマが聞くので俺はそう答える。
アサギリ島に残るアズールの霊には、現世の記憶と心のまま生きろと言われた。
つまり俺には前世の記憶や心が宿らないということ。
それを世界樹の里にいる両親と双子の兄に伝えたら、全員に泣かれてしまった。
「あの人たちにはエカがいれば充分じゃないかな? それ以上を望まれても俺にはどうしようもないし」
俺は少し溜息混じりに呟く。
エカは【アズ】の人格が戻らないと聞いたら、俺を抱き締めて謝りながら泣いていた。
前世の両親ジャスさんとフィラさんの、落胆ぶりは見ていられなかった。
絶望や哀しみといった感情が見える【前世の家族】たち。
結局居づらくなった俺は、アサギリ島のアズの住居に引っ越して、現在に至る。
図書館目当てでアサケ学園には引き続き在学しているけれど、寮ではなく自宅から通う事にした。
王様が携帯用転移装置をくれたので、通学には困らない。
「もしかして、こっちに残らず日本に帰りたいって思ってる?」
「いや、それはないよ」
俺の表情が暗くなっていたのか、タマが心配して聞いてくる。
でも俺は、日本に帰るつもりは無い。
日本での唯一の家族だった妹は、前世の暮らしを選んだので、俺だけ日本に帰っても独り暮らしになるだけだ。
同じ独り暮らしなら、断然こっちが良い。
念願の庭付き戸建て+無人島を手に入れたし。
俺が日本人だった頃に働いていたSETA社は、異世界に人材を派遣する業者でもあり、この世界にも異世界派遣部を設立した。
俺はそのナーゴ支部の社員となったので、職にあぶれる心配も無い。
そんなわけで、日本よりも暮らしやすい異世界ナーゴに住んでいる。
ナーゴ永住を決めた時は、ジャスさんとフィラさんの家族として暮らす予定だったけど、無人島独り暮らしも悪くない。
前世の家族が必要としていたのはアズールで、俺ではなかったけど、まあいいや。
この世界で生きてゆけば、いつか俺を必要としてくれる人に出会えるかもしれない。
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