風景画

青燈ユウマ@低浮上

第1話 2月3日の風景画


 鬱蒼とした密林を只管ひたすら歩いて行く。

 山が深くなるにつれ、霧の濃度が上がっていく。木々の輪郭が、その噎せるような緑色が、白くぼやけていく。


 濃霧に包まれながら足を動かし続けた。

 さく、さく、という草を踏む音だけが、自分に寄り添っていた。


 どれくらい経っただろう。数分のような、数時間のような瞬きの後で、突如、薄い木々のシルエットが開け、広い空間が現れた。

 目を凝らすと、そこには湖があった。


 無言で佇む冬の湖。

 白い水面が冷たく揺れている。

 

 揺れを辿っていくと、数メートル先の湖面に白い羽が浮かんでいるのが見えた。

 一つだけ、ポツンとそこに在った。


 水鳥が飛び去るときに落としていったのだろう。


 私は服を脱ぐと、湖に入った。

 清らかな冷たさが喉まで満たした。

 泳いで羽を手に入れてから岸に戻る。


 湖から上がり、草の上に腰を下ろすと、しばらくぼうっと羽を見つめた。

 

 羽音もなく、水鳥は飛び去ったのだろう。

 この羽だけを残して。


 いつも旅立つ時は一瞬で、

 しじまとともに消えてしまう。


 彼女の残した湖面の揺れは、いつか止んでしまうだろうか。


 

 視界の端から、白鳥が音もなく現れた。

 優雅に、静かに水面を横切っていくのを、ただ見つめる。


 彼もいづれ飛び去ってしまうのだろうか。

 何も言わず。

 羽だけ残して。



 淋しい。




 淋しくてたまらない。




 私は立ち上がると、湖に背を向けて歩き出した。

 白い羽を握ったまま。

 

 

  

 

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