本格始動と新年 Ⅳ´

 社長室内にはサラ副長が全員分のインスタントコーヒーを淹れた香りが広がっている。


 アストは手渡されて直ぐにフーフーと冷まし、ズズッと飲む。――美味しい


「ブラックストレリチアは色々突っ込み過ぎてオーバースペックになっちゃったってやつね。まぁそれでも諦めずに専用のパイロットスーツを作ったり、機体にリミッターを掛けたりしたけどロクなもんじゃなかった……お陰で、どうして宇宙連合軍はこのんであんな低スペックな規格化された武装ギアを永遠に使いまわしているのか。理解できたわ」(技術者特有の早口)


「でも、最終的に形になって良かったじゃない」


「簡単に言ってくれるわねー。九一くいちさんは」


「フロルが作ってるなら遅かれ早かれ、いつか完成していたんだし私からしたらそういう感想しか出ないわ。だけどその努力のお陰でアストが助かった……本当にあり――」


「あー止めて!九一くいちからお礼を言われると鳥肌立っちゃう」


「何よそれ!?二度と感謝しないわ!フン!」


「あはは!冗談冗談!」



 2人の会話が頭に入って来ないほどアストは集中してブラックストレリチアの詳細に目を通していた。


 サラ副長はそんな真面目な表情のアストの横顔をチラリと見て、今後彼が必要とするはずの物を推測しフローレンスと話し合いを始める。


「ブラックロータスの資料も後程頂ければ有難いです」


「勿論よ。U番を追加した機体情報を後程アルキオネに送信します。因みに現在登録している機体はヴィナミスとエクスィー以外は――」


「イヴサ アセンドが4番機として登録されています」


「Wow!イヴサ アセンド!?今じゃ随分珍しい機体ね!」


「それと……フロルさんも知っての通り"例の2番機"が搭載されています」


「そう……まだ、あるのね……」とフローレンスの表情が一瞬曇るが、それを聞かなかったかの様に振る舞う。


「それじゃ!ヴィナミス、エクスィー、イヴサ アセンドの3機はこちらへ運び込んで貰おうかしら。空いた所へブラックブロッサムを――」




 2人が今後の移行を決めている間、アストは機体の情報に目を通しつつ、その圧倒的な性能に惹かれ、初めは今後の運用方法を考えていた。


 しかし、パイロットへの配慮という言葉で目が覚め、到底人間に扱える物とは思えなくなった。恐らくブラックロータスではある程度その点は改善されているだろうとは思ったが、あのヴェルルの様な幼い少女にも見える子が運用できる機体なのか甚だ疑問が残る。


 恐らくヴェルルがあの機体を操縦できている理由は何か特殊な……所謂いわゆるデリケートな理由だろう……本格的に始動し始めたこの良い流れは崩したくない。


 まずはブラックロータスのスペックを確認し、配属後のヴェルルの様子を見ていくしかないな。




「――という運びとなりましたが、よろしいでしょうか?アスト艦長」


「――えっ?あ、あぁ!よろしく頼む!」


 ヤバい……また知らぬ間に何か話が進んでたみたいだけど!?


 まぁ、彼女たちに任せれば変なことは起きないだろう……多分。



 一花司令が端末の時刻を見ると声を上げた。


「そろそろおいとまするわ!今度はスタッフが沢山いる時に来るわね!」


「一花司令は業務がお忙しいと思われますので、わざわざ来なくていいですよ?アストとサラはいつでもwelcomeだから」(意地悪)


「いつか、アポ無しで来てやる……!」


「面倒臭いから来ないで!」



 やれやれ……そもそもあの2人には良い流れもクソも無いか


 

 施設の外へ出ると、ブラックロータスを格納し終えた女子達が、だだっ広い着陸地点の真ん中に4人並んで座ってお喋りしている。


 そんな彼女達に一花が「帰るわよー!」と迎えに来たお母さんの様に声を掛けると、3人はヴェルルへ「またねー」と仲良く手を振り合っている。


 ヴェルルは見た感じ普通の子だけどな……



 12月25日。思わぬサプライズ(プレゼント?)の数々にアストは疲れ果て、どうしたもんかな……と思いつつ、帰りの軍用車の中で浅い眠りに就くのであった。


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