実験小説

北 流亡

1.登場人物の頭文字がみんな同じ異世界ファンタジー

 角笛の音が高らかにライガス平野に響き渡った。


 それを合図にラインハルト率いる騎兵隊500人が王国軍右翼から突出した。

 楔形に並んだラインハルト隊は、まるで一本の槍のように魔王軍ライドウ隊の陣形に食い込む。


「馬鹿な」


 魔王軍総指揮のライアンは歯噛みした。

 ライアスの情報によれば騎兵隊を組めるだけの馬は残っていないはずだった。


 ラインハルト隊は陣形を切り裂くように戦場を駆け抜ける。ライドウ隊は早くも潰走を始めていた。


 魔王軍40000に対し王国軍は25000だ。

 まず負けるはずのない戦であったが、それは相手の兵科が全て歩兵だった場合の話である。


「ライヒ様討ち死に!」


 ライゲルの報告にライアンは床几を蹴飛ばした。


「ライホ隊、ライグデス隊、ライミ隊は左翼を固めろ! ライシュート隊はラインハルトを止めろ!」


 銅鑼と鐘の音が鳴らされる。

 魔王軍は速やかに陣形を変える。

 ラインハルト隊の二撃目は無かった。ライシュート隊1000の騎兵による牽制に効果が出ていた。


 望遠鏡を覗く。王国軍は方陣のまま、じりじりと前進していた。


「何を考えている"奇術師"」


 ライアンは吐き捨てるように言った。

 王国軍を率いているのは、「王国の奇術師」ライエンだ。

 ライエン隊の翠の旗が蒼天にはためいている。ライアンの口内に敗北の味が蘇る。


 地形図はライアンの頭の中に入っていた。何の変哲もない平原だ。伏兵を潜ませる場所も、逆落としが出来るような高低差も無い。強いて言えば、前日に降った雨によって地面がやや泥濘ぬかるんでいるくらいか。しかし進軍に影響がある程ではない。この辺りの土は水捌けが良い。

 定石セオリー通りなら、王国軍は籠城戦を選ぶべきだ。少なくともライアンは自分ならそうすると考えた。しかしライエンは打って出た。この戦力差なら押し潰して終わりだ。策を弄するまでもない。

 しかしながらライアンの脳裏には小石ほどの懸念があった。奇術師ライエンが無策だとはどうしても思えなかった。


 ライゲルが来た。斥候に周囲を探らせたが、特に伏兵が隠れている様子も無いらしい。

 考えられるとしたら、援軍の見込みが無くなったか、はたまた兵糧との兼ね合いか。


「全軍前進」


 鐘が鳴らされる。

 全軍を王国軍にぶつける。王国軍の先陣ライファス隊とライガ隊は手だれではあるが、戦力差をひっくり返すほどの実力は無い。


「哀れなりライエン」


 ライアンは呟いた。

 魔王軍は少しずつ、しかしながら確実に前進し、王国軍の陣形を瓦解させていく。


「ライシュート様討ち死に!」


 ライアンは舌打ちをした。

 ラインハルトが槍の先にライシュートの首を掲げていた。

「黒騎士」ラインハルトは潰しておくべきか。しかし寡兵に惑わされたら相手の思う壺ではないか。

 やや逡巡して、ライアンは伝令を出した。重歩兵を人の外側に配置する。陣の厚みを保たせたまま、騎兵に押し込まれないようにする。


 突出が起きないよう、歩調を落として前進した。

 先鋒ライキリ隊から、ライファン隊が潰走したとの伝令が来た。ライアンに油断も慢心も無かった。着実に、王国軍をすり潰すように兵を進める。


 足元は変わらず泥濘んでいたが、歩みに影響は無い。

 太陽は高い位置にあった。ライアンの背中に冷たいものが走る。

 足元の泥をすくい嗅いだ。僅かに、刺激臭がした。


「全軍後た——」


 ライアンが見たのは、草原に一気に広がった炎であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る