136.初めてのお客様
一体これはなにが起きたのだろうか。と何度感じ何度見た光景なのだろう。冒険者と言うのは地べたで寝ないといけない決まりでもあるのかと誰にと言うわけでも無く突っ込みたくなってしまう。
「サラヘイ? ちょっとサラヘイ! 起きなさいよ!
そんなところで転がってたら邪魔なのよね」
「んん、ふわあああ、もう朝か。
おお! あんたは神人様の世話係じゃねえか。
ここに来ればうまいもん食えるはずだからってわざわざ来て正解だな!」
「誰が世話係よ!
せめて交渉役とか調整役とかって言いなさいよ。
それにしても狩りを中断してまで食べに来るなんていい心がけね」
「王都にいる仲間が教えてくれたからな。
ここでしか食えねえ神人様レシピの料理に期待しねえ奴はバカだぜ。
いやあ、ちょうど近くにいて運が良かったよ」
近いと言っても馬で二日の距離だ。しかも自分の用事を放り出してきてくれたのは非常にうれしい。サラヘイたちが他に紹介してくれれば今後の集客にも期待できそうだし少しくらいサービスしてあげてもいい。
「でも残念ながら料理は昼からなのよ。
この時間は飲み物とおつまみだけね。
水牛のチーズがお勧めで後は干し肉か木の実くらいしかないわよ」
「なんだよ、それならまだ寝かしといてくれりゃいいのに。
朝方着いたからまだ眠いんだよ」
「だったら宿を取るか村の外周で寝なさいよ。
こんな中心部で寝られたら邪魔で仕方ないわ。
いくら宿無しだからってそれくらいわかるでしょ?」
「ちぇ、相変わらず口うるさい奴だなあ。
ところで厩舎はどこなんだ?
馬に水やりてえんだが」
「まだ厩舎はないわよ、厩務員の目途がついてないの。
水なら宿屋の裏に用意するから来なさいよ」
さすがレナージュは口が立つ。厩務員の目途がついていないから厩舎ができてないなんて初耳だが、言い訳としてはもっともらしくて当たり障りないと言える。どちらにせよ早く作らないといけないだろう。結局サラヘイたちはレナージュに連れられて宿の裏手に行き、馬を繋いでからまた地べたへ転がって大人しくなった。まったく冒険者と言うのはガサツで自分勝手な者たちである。
なんにせよ二日目にして初めてのお客さんがやってきたのは上々の滑り出しだろう。前世で始めて契約が取れたのなんて入社から数カ月はかかった。それに比べたら順調と言わずしてなんと言えばいいのか。一見忙しそうなこの生活も必要以上に評価してくれる人たちのおかげで苦労を感じない。それに引き替え営業をしていたころは毎日成績のことばかり考えてストレスばかりだったし、トップクラス以外は評価もしてもらえず辛い毎日だった。
そんなことを考えつつも、忙しすぎれば愚痴をこぼしたりしてしまうのだが、このバタバ村にフルルがいないことにホッとする。ヴィッキーも大概人使いが荒いが、あのフルルに比べたら可愛いものだ。
それはもしかすると目指しているものの違いかもしれない。一人前の商人として大成したいと願うフルルと、大農業国を治める王族の中で唯一農耕スキルがなく生き方に悩んでいるヴィッキー、二人の考え方には正誤があるわけではなくそれぞれ立場が違うだけである。
今のバタバ村はヴィッキーがこれから進むべき道を探るための試金石のような物だ。出来るだけ彼女の思うように進めてほしいし協力は惜しまないつもりだ。とは言え、今のところ出来ることと言えば料理のレシピを教えること位なのだが。その料理もお客さんが来なければ出す相手がおらず役に立たない。とにかくまずは集客が大切なのでサラヘイたちに気に入ってもらい口コミに期待しよう。
「ミーヤ、料理の準備はできたからあの人たち起こしてもいいわよ。
戦士団の分もあるんだけど、全部でどのくらい用意したらいいかしらねえ」
「なにか足りなくなりそうな食材あるの?
私何か獲ってこようか?」
「すぐに足りないわけじゃないけど、てれすこ一匹でムニエル二人前しかできないでしょ?
売れ行きがいいとすぐ無くなってしまうわ」
「それじゃ野菜と混ぜてかさを増やしましょ。
今から少し作ってみるわね」
「ちょっとミーヤ? またメニュー増やすってこと?
料理人たちちゃんと覚えられるかしら」
「しんじょと同じようなものだからきっと平気よ。
作り置きもできるからこういうところで出すのにいいと思うわ」
ミーヤはさっそく白身のてれすこを細かくし、根菜類のみじん切りや芋を潰した物と混ぜ合わせた。さらに小麦粉を少量足して小判型に形を整える。と言ってもこの世界に小判は無いが。
「あとはムニエルのように多めの油で両面をこんがりと揚げ焼きするのよ。
そうすればさつま揚げのできあがり! ヴィッキー、まずは味見してみて」
「これはおいしそうな予感しかしないわ!
はむ、んぐんぐ、なにこれ! ふわっふわでおいしいわね!
しかも一匹から四人前作れるなんて最高よ!」
どうやら気に入ってもらえてメニューへ追加されることになった。本当は山芋があれば良かったのだけど、今のところ見つかっていない。森に入ってよく探せばあるかもしれないし、もし見つかれば千切りやとろろ汁も作れるだろう。
準備も出来たと言うことで、サラヘイたちを起こしに行き、同じタイミングで戦士団員にも声をかける。彼らも毎日楽しみにしてくれているようで、我先にとがかわるがわる昼食休憩を取りに来た。
「まさかこんなところで貴重な魚料理が食えるなんて嬉しいぜ。
干してない魚の料理なんてすげえ久しぶりだからな。
ビス湖まで行くよりはるかに近いからちょくちょく来たいくらいだ」
「なるほど、確かに魚料理は珍しいものね。
でも肉料理やチーズもお勧めなのよ?
街にはそうそう無いものだから食べて行ってね」
「おうよ! もしかして宿に泊まればもっといいものが食えたりするのか?
もちろん今食ってる料理もウマイがどちらかと言うとつまみっぽいだろ?」
「そりゃもちろんよ。
宿泊向けにはちゃんと食事を用意するわよ」
と、口から出まかせを言ってしまった。でもこの返しはレナージュばりでいい返答だったのではないだろうか。そしてその効果は絶大で、本日の宿泊を取り付けたのだった。
夜になって夕飯の時間がやってきた。サラヘイたち五人にはすき焼きを提供し、締めはうどんにしてみた。これが大好評で大げさすぎるくらいに褒められてしまった。
「なんだよこれ! 野外食堂ににあるような麺とは違って太いから驚いたけどよ。
肉とたれのうまみが沁み込んでめちゃくちゃウメエぜ!
鍋の中身を食べ終わった時はちょっと物足りなかったが、まさかこんな隠し玉が控えてたなんてなあ」
「気に入ってもらえてよかったわ。
ぜひ知り合いへ宣伝してちょうだいね」
「そりゃいいけどよ、本当に大丈夫か?
あとから忙しくなりすぎとか文句言うんじゃねえぞ?
大農園で働いている冒険者は相当いるんだからな」
「そう言えば農園の警備は休みなの?
安定収入があるのにわざわざローメンデル山へ狩りへ行くなんて、随分面倒な事するのね」
「そうそう、忘れるところだったが実は神人様に用があったんだよ」
「食事以外のことで? いったい何かしら」
「実はナイトメアを譲ってもらいてえんだ」
サラヘイからの思いがけぬ申し出に、ミーヤはあっけにとられてしまった。
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