134.開業準備

 ヴィッキーがバタバ村へ向かい王城を出た後も、ミーヤたちは城に留まりちゃっかり世話になっていた。やや気まずいが出発前の準備もあるからと自身へ言い訳をし、タダ宿タダ飯タダ酒に与っている。


 結局バタバ村で提供する予定の料理についてはブッポム商人長へ伝え許可を取っておいた。というかいちいち許可を取る必要はないとまで言われてしまった。ジスコで売るなら直接競合するが、その他の場所であれば問題ないと考えていたようだ。


 その代りジスコへ戻ったら新たな料理を教えることを約束することにはなり、それはもしかしたらフルルを苦しめ、そのままミーヤへ跳ね返ってくるような気がして寒気がするのだった。



 大工を連れたヴィッキーたち先発隊がバタバ村へ向かってから六日後、現地到着の連絡があった。流石統率のとれた戦士団、予定通り進んだらしい。行き当たりばったり考え無しのミーヤたちは、出かけるたびいつも余分に時間を要している。


「それじゃ私たちも出発ね。

 自分で早くいきたいって言ってたくらいだからレブンも来てるかしら」


「実家の宿屋もあれじゃお客さん来ないだろうしねえ。

 私なら絶対あきらめるわ」


 レナージュの言う通り、屋根が大きく崩れた建物は修復が難しそうで、おそらく立て直した方がうまくいきそうにも思える。そもそも建物の修理をする話なんて聞いたことないし、新たに建てるところも見たことがない。一体この世界の建築事情はどうなっているのか、高額なことを除いてはほとんど何も知らなかった。


「ねえレナージュ、建物の修理って出来るものなの?

 やっぱり大工へ頼むのかしら」


「修理するってのは聞いたことないわね。

 大工へ頼んで撤去して再建築が普通じゃないかしら。

 商工組合で建築証書を買うんだけど、ジスコの小さい家でも五百万ね。

 きっと王都ならもっと高いわよ


「でもそれって土地代込みよね?

 建物だけならもっと安く済むんじゃないの?」


「うーん、どうなのかしら。

 私は家を持ったことがないからわからないわ。

 マルバスも親から相続したって言ってたし、組合で聞くのが間違いないわね」


 出発まで散々暇を持て余していたのに今更思いつくなんて情けない。次に街へ戻ってきた時に忘れないよう確認すると覚えておかなければ。街外周部の厩舎まで行くとすでに馬車が待機しており準備は整っていた。ミーヤたち四人と料理人が三人、それとおまけのレブンである。


「あんたったらさ、まだ何も整ってないのわかってるの?

 自分の食糧くらい持って来たんでしょうね」


「い、一応な、食材と保存食持たせてもらった……

 でも俺だって自分の居場所のためにちゃんと働くさ」


 考えていたよりもしっかりとした目標のような物を掲げて決心したのだろう。ミーヤはあまりからかわないにとレナージュを諭し、この小鬼の行く末を見守ることにした。予定通りに出発出来た甲斐も有りバタバ村への道のりは順調で、先行していたヴィッキーたち同様六日で到着した。


 村の中心にあった首領の家は無くなっており、代わりに大きな宿屋が建っていた。それだけではなく洞窟への入り口にもまともな建物が建てられていて、入り口は強固な扉で封鎖されている。なんと準備の早いことかと驚くしかない。


「なんでこんなに大きな建物が建ってるの?

 まだここへ来て六日しか経ってないのに」


「ミーヤったら何言ってるの?

 家を建てるのに時間なんかかからないわよ。

 証書さえ買ってあればその場ですぐ建つのよ? 知らなかった?」


「知らなかったわ、てっきり木材を積み上げて作るのだとばかり。

 それで同じ作りの建物が多いってことなのかしら」


「そうね、家の大きさにもよるけどそれぞれ三、四種類しかないからね。

 宿屋みたいな大型物件は五種類くらいあったような気がするわ」


 なるほど、カナイ村へたどり着いたエルフたちがすぐに家を建てられたのもこういう理由があったのか。色々と簡略化され便利になっているのもすべて神様たちの配慮なのだろう。


 バタバ村へ到着してからナウィンはさっそく魔鉱街灯造りに取り掛かり、レナージュとレブンは薪を作るため数人と共に森へ入っていった。この場に残されたのはミーヤとチカマだけである。


「私たちはどうしようね。

 洞窟に行って魚でも獲りに行こうか。

 私は見てるだけになっちゃうかもしれないけど」


「大丈夫、ミーヤさまはロープ持っててね。

 今度は引っ張らないから」


 シルフの力を借りて自由に飛ぶことが出来ればいいのだが、あれからいくら試しても同じことはできていない。食事中に突然現れたりするので一緒にいることは間違いないのだが、ミーヤの意思で何かしてもらうのは難しいようだ。


 そんな見えないシルフを連れていることに期待しつつチカマと二人で洞窟へ入り中へと進んでいった。入り口は戦士団による監視係が塞いでいたので中には誰もいないはずだ。最初の分岐で泉へ向かい大口水竜を一匹倒してから魔鉱を回収したが、日にちがあまり経っていないからかそれほどの収穫は無かった。


 その後はあの狭い横穴を通って滝へと向かう。小柄なチカマと四足のミーヤにとってはなんてことない道だが、背が高く体の固いレナージュにとっては難儀な道のりらしい。滝までなんなくたどり着いた二人は狩りをはじめ、大量のてれすこを持ちかえることが出来た。とは言っても働いたのはチカマだけである。


 だがミーヤの仕事は帰ってからが本番だ。なんといっても人数が多いので、一緒にやってきた料理人と四人で夕飯を用意した。魚料理に肉料理、野菜のスープが本日のメニューである。


「実際には一回に一種類をまとめて作るのが現実的ね。

 魚なら蒸した物を作っておいて注文の後ムニエルや照り焼きにするの。

 肉料理なら角煮は温めるだけでいいし、焼き物は切っておけば手間は少ないわ」


「スープはその時々に豊富な材料で作ればいいわね。

 あとはピッツァとアヒージョも定番メニューにすれば大繁盛間違いなしよ!

 調味料や蒸留酒は王都から運んで、エールはここでも作れるのよね?」


「そうね、麦があればエールと水飴は作れるわ。

 とうもろこしがあれば蒸留酒も作れるけどいっぺんに全部運ぶのは難しいかもね」


「原料を大規模運搬するくらいなら出来ている物を買ってきてしまった方が早いわね。

 エールが入ってる間は使えなくなるなら発酵器をもう二台くらい置いた方がいいかしら」


「まあ、そんな凄い売れ行きを見込んでるの?

 ヴィッキーったら楽天家なのね」


「何言ってるの!

 神人様の看板を掲げた宿場村なのよ?

 繁盛しないわけがないじゃないの。

 酒場の従業員も必要になると思って準備してるんだからね」


「そ、そうなのね、もしかして私の看板出すってこと?」


「今更何言ってるのよ!

 ちゃんと二割払うから安心しなさい?

 きっと何もしないで遊んで暮らせるくらい儲かっちゃうんだからね」


 それは頼もしいが、手伝いに駆り出されて何もできない日々がやってくるのだけは避けたかった。フルルの店で体験した忙しさは、経営的には嬉しくても働いてる側には辛いのだから。


 こうして概ね準備が進み、いよいよ開業の目途がたってきたのだった。

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