境の神
かじゅう
プロローグ
『異世界転移』の実例は年に数十件も上る。
なんて話は皆さんご存じでございましょうか?
かく言う私もその内の一人でございまして…
ああ、もちろん『トラックに轢かれて』とか『教室が光り輝いて』だとか、魔王が勇者が賢者がなんて、そんな大層な話じゃございません。
異世界に迷い込んでは、アチラで何をするでもなく、いつの間にか帰って来てた。とか、そんな小さなもので。
よく小説なんかに見る、チートだとか、テンプレなんて物も無ければ。
スキルや魔法どころか剣すらない。そんな異世界転移モノの話でございます。
しかも面白い事に。
如何にもそんなしょうもなそうな話が、日本最古というんだから驚きなもんで。なんと名前まで付けられているらしいのです。
曰く、その名も──
「神隠し」
いや、それの何処が異世界転移なんで!?
なんて、思われる方もおられるかと存じますが。コレが意外に的を得た話でありまして。
というのも。
神のいます場所というのは、古くからあの世とこの世の境目と考えられておりまして。
禍福をもたらす神霊なんかが行き来できぬよう、鳥居だとかで区切られていたわけでございます。
これが人にも同様でして。
間違って神の世界でもあるあの世へ入らぬようにとされておりました。
そうして、誤って入り失踪した原因を。
境にいます神の仕業と考えて
「神隠しにあった」
なんてそう言ったわけでございます。
あの世というのは、要するにこの現実世界とは異なる世界。つまり異世界という訳でありまして。
そこへ現世から迷い込んでしまう話なわけですから、異世界転移の最低条件は揃っているわけです。
それに加えて、その仕業はほとんど神様というんだから。異世界転移モノであるというのを疑う事など出来ますまい。
なんなら『遠野物語』に載ってるマヨイガなんてのは、更にすごいモノで。
マヨイガという異世界にいって、
異世界の他愛のない物を現世に持って帰り、
現実世界で盛者になる。
こりゃもう、異世界帰還モノのテンプレそのものでございましょう。
さてさて、そんな異世界転移。
『遠野物語』には他にも数十と載っているそうなのですが。
せっかくですので今回は、
そこにも、どこにも載っていない異世界転移の噺をすると致しましょう。
──コレはある男が、東北旅の末。遠野で行楽していた時
『遠野物語』の話者、佐々木喜善さんの墓で、神隠しに遭ったという噺。
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