夏目漱石ファンタジア

零余子/ファンタジア文庫

序章 修善寺の大患

 小銃擲弾ライフルグレネード

 イギリス人のマーティン・ヘイル氏が設計したこの兵器は、敵の懐に榴弾を送り込むことを容易にする。

 ライフルにより撃ち出された榴弾が目標物に着弾すれば、爆発する。

 榴弾には鋳物の破片環が取り付けられており、爆発で破片が周囲に散開。爆発を生き延びた標的の身体に破片をめり込ませ、二段構えの苦痛と死を見舞う。

 それで攻撃された。

 肉という肉に閉じたハサミを突き入れられ、そのままメリメリと対の刃を開かれているような痛み。腕も脚も腹部も胸も、全身のあらゆる場所を激痛が苛む。

 視界は暗転している。眼球は破片で潰れたようだ。

 ひゅーっ、ひゅーっ、と。

 腹から発する言葉は口までたどり着くことなく、喉のあたりで消えていく。

 ――ここで死ぬのか。何一つ言葉を遺せずに。

 脳裏に浮かぶのは、言葉を頼みに生きてきた人生のこと。

 教師をやった。本を書いた。新聞社の社員となった。文豪と呼ばれるようになった。

 全ての場面で言葉が重要だった。己の歩みは言葉と共にあった。

 それなのに、最も言葉が必要な今、言葉は口から出てこない。

「……せい、先生!」

 呼びかけてくる声が聞こえる。

 ――そうか、お前は無事だったんだな。

 少しだけ安堵した。

 死を待つばかりの心に、せめてもの慰めを得た心地だ。

「先生! ここで死んでは駄目です! 全てが無駄になる!」

 響く声は悲痛だった。

 目の前に横たわる者の死を何としてでも覆したいという、執着が宿る声だった。

なつ先生、死んではいけません! 夏目そうせき先生ィッ‼」

 絶叫が轟いた。

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