第7話 魔物
(そんな、爺ちゃんが……助けないと、でも身体が動かない)
頭を殴られて膝をついたまま動かないアルを見てナイはどうにか助けようと思ったが、初めて見る魔物に対して恐怖を抱き、身体が言う事を聞かない。そんなナイに対してゴブリンは容赦なく、握りしめていた棍棒を振りかざす。
「ギギィッ!!」
「ひいっ!?」
棍棒を振り抜こうとしたゴブリンに対して咄嗟にナイは頭を抑えて屈むと、偶然にも横薙ぎに振り払われた棍棒を回避した。まさか避けられるとは思わなかったゴブリン驚いたが、ナイの悲鳴を耳にして意識を取り戻したアルがゴブリンに対して鉈を振りかざす。
「このっ……儂の子に近付くな!!」
「ギャアアッ!?」
「うわぁっ!?」
アルは鉈を振り抜くとゴブリンの背中に血飛沫が舞い上がり、背中を斬られたゴブリンは悲鳴を上げてその場を転がり込む。その一方でアルは頭から血を流しながらもナイを守ろうとした。
鉈で背中を切りつけられたゴブリンは痛そうに悲鳴を上げるが、そんなゴブリンに対してアルは容赦なく背中を踏みつけ、今度は確実に仕留めるために鉈を構える。
「ギィアッ……!?」
「じ、爺ちゃっ……!?」
「ふんっ!!」
傷つけられた背中を踏みつけられて苦し気な表情を浮かべるゴブリンを見てナイは可哀想に思えたが、アルは容赦なくゴブリンの首元に鉈を振り下ろす。
鉈はゴブリンの首を切断し、頭部が地面に転がり込む。その光景にナイは声にもならない悲鳴を上げるが、ゴブリンの血に染まった鉈を握りしめたアルは荒い呼吸を繰り返しながらもナイに顔を向けた。
「はあっ……はあっ……ナイ、無事か?」
「じ、爺ちゃん……」
「すまなかったな……驚かせて、本当にすまなかった」
ナイが無事である事を確認するとアルは安堵したように彼の頭を撫でやり、そのアルの行動にナイは震えながらも頷く。二人はゴブリンの死体に視線を向け、ナイは生で初めて生き物が死ぬところを見て口元を抑える。
「うっ……!?」
「……ナイ、よく見ておけ。これがゴブリンだ」
「ゴブ、リン……」
「こいつらは力は弱いが、武器を使う。儂が石頭でなければ危なかったな」
頭から血を流しながらもアルはゴブリンの死体を眺め、忌まわしそうな表情を浮かべる。彼は鉈にこびり付いた血を拭い、すぐにナイの腕を引いてこの場から離れる事にした。
「ナイ、急いでここを離れるぞ!!」
「えっ!?」
「さっきも言っただろう、ゴブリンは群れで行動する。という事はこいつの仲間がこの近くにいるかもしれん!!」
「う、うん……あ、でも籠が……」
「籠なんて新しいのを作ればいい!!今は逃げなければならん!!」
ナイは野草やキノコを回収した籠を置いていく事に躊躇したが、アルはゴブリンに見つかる前に逃げる事を優先し、籠を置いてその場を立ち去った――
――この時のアルの判断は正しく、二人が去った後にしばらく時間が経過すると、数体のゴブリンが血の臭いを嗅ぎ取って姿を現す。
「ギギィッ……」
「ギィアッ!!」
「ギイイッ!!」
彼等は倒れている仲間の死体を発見し、その傍に置かれている籠を発見して怒りの表情を抱く。ゴブリン達は仲間が人間に殺されたと判断すると、怒りを抱いた他の仲間は籠を蹴り飛ばす。
ゴブリンは魔物の中では力は弱いが、知能は高いために常に仲間同士で行動し、仲間意識が強い。そして仲間が殺された事を知ったゴブリン達は憤り、人間が置いていったと思われる籠を発見して人間に殺された事を見抜く。
「ギィイイッ……!!」
人間に対する復讐心が芽生えたゴブリンほど厄介な存在はおらず、彼等は鼻を引くつかせてゴブリンの死骸にこびり付いた人間の臭いを嗅ぎ、決して忘れない。次にこの臭いを放つ人間を発見した時、彼等は仲間の復讐のために殺す事を誓う――
――無事に森から抜け出したナイはアルの頭に包帯を巻いて治療を行う。普段からナイはよく怪我をするので自ら治療する事も多く、治療に関しては手慣れていた。
「これでよしと……爺ちゃん、痛くない?」
「おおっ、平気だ。大分包帯を巻くのも手慣れてきたな」
「うん、だけど薬草も少なくなってきたね……」
「大丈夫だ、その内に儂が山に登って薬草を採取してくるからな。それよりも今日は怖かっただろう、初めて魔物を見てどう思った」
「凄く怖かった……でも、爺ちゃんが怪我をする方がもっと怖いよ」
「ナイ……」
アルはナイの言葉を聞いて驚いた表情を浮かべ、ナイにとってはゴブリンと対峙した時の恐怖よりも、アルが怪我をした時の光景が怖くてたまらなかった。そんなナイの優しさにアルは嬉しく思う一方、不安を抱く。
(この子は優しすぎる……いずれ、この子が他の生き物を殺す時にその優しさが仇になるかもしれん)
狩人としてナイを育て上げるならばいつの日かは必ずナイは自分の手で獲物を狩猟しなければならない。その時に彼の優しい心が獲物を殺す時に大きな障害になるのではないかとアルは心配でならなかった――
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