鬼と六花
明樹
第1部 第1章
女を拾った。
里に下りて毛皮や炭を必要な物と変え、山に戻る途中の道に女が倒れていたのだ。
女の腕の中には、赤子がいた。
泣きもせずに自分の指を吸っていた赤子は、俺を見ると忙しなく手足を動かした。
正直、厄介事は抱えたくない。
俺は、見て見ぬふりをして通り過ぎようとした。だけど、「あー、あー」と呼び止めるかのような赤子の声が気になって、数歩進んだ道をすぐに引き返した。
背中の籠を下ろして、中の稗や粟、野菜を端に寄せて、空いた隙間に赤子を乗せる。そっと籠を背負うと、女を腕に抱いて歩き出した。
山道を四半刻ほど登ると、生い茂った木々の間にぽっかりと空間ができる。その奥にある小さな小屋が、俺の家だ。
木の扉を開け、中に入って女を板間に降ろす。背中の籠を土間に降ろして中を見ると、窮屈な格好で、赤子がすやすやと眠っていた。
「ふ…中々肝が座ってる子だな。手がかからぬ良い子だ」
思わず笑いを漏らして呟いた。
板間の隅に畳んで置いてある薄い布団を敷くと、女をその上に寝かせた。
再び土間に降りると、瓶に入れてある水で手拭いを濡らし、自分の汚れた手と足を拭く。
別の手拭いを濡らして女の元へ行き、女の顔を拭いて、ふと額に手を当てた。
「熱いな…、熱があるのか?はあ…厄介だ」
大きな溜息を吐いて立ち上がり、土間に降りる。土間の壁にかけてある籠から薬草を取り出すと、木の器に入れて潰し始めた。
女にすり潰した薬草と水を飲ませて、はたと気づく。
「そういえば赤子を忘れていた…」
慌てて籠の中を覗きに行くと、ちょうど目を覚ました赤子と目が合った。
赤子は、俺を見て口を突き出す。
泣くのか…と身構えた瞬間、きゃっきゃと声を立てて笑い出した。
「おまえ…俺を見て怖くないのか?変わった子だ。ほら、そこは狭いだろう?おいで」
俺が手を伸ばすと、赤子も小さな手を伸ばした。抱き上げて胸に寄せると、赤子がピタリと俺にしがみつく。
その柔らかく暖かい感触に、俺は何とも言えない心持ちになり、しばらくは赤子の甘い匂いを嗅きながら、じっと立ち尽くしていた。
女は、夜に一度目を覚ました。
どこを見てるのかわからない虚ろな目をして、
自分の年は十八で名は『せつ』、赤子はまだ一歳にも満たず、名は『りつ』だと弱々しく語った。
自分たちは、村の人達に殺されそうになって逃げて来た。どこにも行く場所がない。自分はいいから『りつ』を助けてと何度も何度も願って、翌朝に息絶えた。
俺は、途方に暮れた。
こんな赤子を託されても困る。
里に降りて誰かに頼もうかと思案していると、母親が亡くなったことを知らないりつが、無邪気に母親の顔をぺたぺたと触って遊び始めた。
「りつ…、こんな無骨な俺よりも、女の人に育てられた方がいいだろ?おまえの母親を埋葬したら里に連れて行ってやろうな」
そう言って、りつの頭を撫でると、小さな手で俺の腕を掴んでくる。
その小さな暖かい手の感触に、また何とも言えない気持ちになって、りつを手放すのが寂しくなってしまった。
しばらくりつの目を見て考えて、ぽつりと零す。
「りつ、俺と暮らすか?」
「あー、あーっ」
俺の言葉がわかったのか、りつが大きな声を出してにこりと笑う。
俺は「よし!」と頷くと、りつを抱き上げた。
「りつ、俺の名は幸晴(ゆきはる)だ。今日から俺とおまえは家族だ。よろしくな」
りつを高く掲げて言う。
りつは、一瞬キョトンとした後に、とても愛らしく声を出して笑った。
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