第4話:着色はベランダで



 ホームセンターでいろいろと買い込んで。


 まずは。


「失敗した素材を使って色の確認をしておこう」


 と。


 カシャカシャカシャ、と、スプレー缶を振って混ぜ混ぜ。


「あ、なんかそれ、面白そう。わたしにもヤらせて?」


「はいはい。じゃあ、こっちの色をお願い」


「ほーい」


 雪人が下地になる濃い方の色を。薄い方をアカネが。


 カシャカシャカシャ。


 雪人は片手で持って、くるくる、と回転させながら上下に振るが。


 アカネは、両手で持って。


「えへへ、バーテンダー?」


「あはは」


 仲良し夫婦(仮)が婚姻届けを出すまでは、まだ少し。


 既に記入は済ませてリビングに飾ってある、フライング夫婦(仮)


「よし、これぐらいでいいかな? 下に新聞紙を敷いて……いざっ」


 ぷしゅーっ。


「うっ!?」


「ん?」


「雪人くん……臭いよこれ……てか、危険な香り!?」


「あー……ベランダでやらないとマズいかぁ……あと、マスクも、ね」


 ラッカー系の塗料は密室での使用を避けて、換気を良くしてご使用下さい。


 あわてて一式を担いでベランダへ移動して。


 ぷしゅっ、ぷしゅー、ぷしゅっぷしゅーっ。


「おぉ?」


「やっぱり、濃いね……こんがり日焼け肌?」


「だねぇ、乾いたら後でそっちの薄い方を上から吹いてみよう」


「あ……」


 今、缶を振って混ぜてもあまり意味はなかった、と。



「さて……塗料が乾くのを待ってる間に……」


 部屋に戻って、次の作業の準備。


「アカネ……」

「なぁに? 雪人くん?」

「脱いで?」

「え?」


 いきなり?


「上だけでいいから、脱いで」

「えぇっ! こんな昼間っからっ!?」


 雪人の意図が読めず。いや、そうとしか思えず、驚くアカネ。


 しかし。


「あー……ごめん……サイズ、測らせてほしくて」


「ぉぅふ……そういうコトね……はいはい。ブラも取った方がいいね?」


「うん、お願い」


 雪人はメジャーを用意。


 アカネは、上半身脱ぎ脱ぎ。


「はいよっ」


 もはや夫に見せる程度、羞恥も無く。


「ありがと、んじゃ、測るね」


 妻の身体のあちこちを、メジャーで測定し、PCの表計算ソフトに入力してゆく。


「写真も撮っていい?」

「それはダメ」


 即答妻。


「むぅ……まぁ、しょうがないか。ありがと、もう服着ていいよ」

「はぁい」


 アカネが再着衣する脇でPCを操作して。


 表計算ソフトの図形描画機能で測定した数値を使って描画。


 左右に円形をふたつ並べ、疑似的に三角形と四角形を使ってその円形を補間して全体像イメージを配置して、各ポイントの測定値を記入してゆく。


「うはは……それがデフォルメしたわたしのオ〇パイかー」


 なんか、奇妙な感じだね、と、雪人の肩越しにPCの液晶モニタを覗き込んでアカネが感嘆する。


「アンダーバストはボクの方が少し大きいけど、バストサイズは合わせておいた方がブラのシェアできるでしょ?」


「だね。休日とかにユキちゃんの可愛いのが借りられるのはいいかも?」


 普通は逆だよね、と、思いつつ、言わぬが華。


 そんな作業が一段落すれば。


「もう乾いたかな?」


 つんつん、と、指先でその表面を確認すれば、塗布した塗料はすっかり乾ききっていて。


「触ってもいい?」

「うん」


 もにゅもにゅ。


「これ……サメ肌……?」


 雪人も手のひらで触れて、撫でてみるが。


「あ……そっか。塗料が乾燥して硬化してるから……ぉぅふ」


「失敗?」


「うーん……まぁ、服の上からなら素材そのものの手触りは関係なくなるからこれでいいかなぁ……」


「妥協?」


「うん。他にいい方法があったら考えてもいいかもだけど、取り急ぎはこれで行こう。せっかく買った塗料だし……とりあえず、薄い方の色も吹いておくかな?」


「あ、じゃあ、カシャカシャするねー」


 無理矢理にでも、夫を手伝えることが嬉しい、妻。


 バーテンダーを気取ってスプレー缶の塗料を混ぜる。


 ちなみに、ラッカー系の塗料スプレー缶の中には小さな金属の球体が入っていて、この球体を缶の中で振り回す事によって塗料と溶剤をかき混ぜる。


 塗料自体と溶剤は時間と共に分離してしまうため、使用直前に塗料と溶剤を充分に混ぜ合わせる必要がある。


「はいはい、ありがとう。もういいよ」


 アカネからスプレー缶を受け取って、ベランダへ移動。


 そこでまたもうひとつの色のスプレーを。


 ぷしゅっ、ぷしゅっ。


「? それだけでいいの?」


 最初の濃い色を塗布した時よりも、はるかに少量。


「うん。完全に塗っちゃうと下の色が隠れちゃって、上に塗った色に変わっちゃうから」


「ふむふむ。薄化粧、って感じね」


「まぁ、そんな感じ」


 下地の色を活かしつつ、上に塗った色も活かして擬似的に混色したような効果。


「よっと……こんなもんかな?」


 また塗料が乾くまでに次の準備。


「これ、まだもう一色塗るよね? それも


「うん。マスキングって言う処理で周りを隠して、を塗るよ」


「……めちゃくちゃ面倒だね……時間もかかるし」


 アカネは『わたしには出来ないなぁ……』と、内心。


 でも、熱中してる夫(仮)の傍でその熱心な姿を見ているのは。


 そして、少しづつ形や色を変えてゆくモノを見ているのは。


「なんか、いいね」


「?」







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