第0話 遥かな未来


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!」


かつて、そこはどこまでも蒼く、透き通っていた。

活気に溢れ、命を紡ぎ続けていた。

だが、それも過去の話。

文明の営みは全て荒廃し、その面影を失っている。

今、彼が走っているのはアーケードと呼ばれていた場所。

かつては市一番の繁華街と謳われたそこも、今ではシャッター街へと変わり果てていた。

天井を遮ったガラスは崩れ落ち、直射日光がそこを照らしている。


「おい!ボウズこっちだ!」


全身全霊を込めた叫びがした。

身振り手振りを使ってこちらを呼んでいる男。

それに応えようとして逃げ惑う青年1人。

左目に大きな引っ掻き傷を宿し、紺碧の瞳を持った好青年だ。

彼はなぜ逃げているのか?

彼はなぜ怯えているのか?


理由は単純。


「見ぃつけたぁ!」

「ぐっ!」


上空から高速で迫る怪物。

苔緑のアメーバ状の姿をした何かは、風船が破裂した様な不快な音を立て、豪快に地面に着地した。

不気味な姿をした怪物は黒い触手を伸ばし、青年に迫る。


ばん!


触手が青年に触れようとした瞬間、何かに弾かれた。

青年が認識したのと同時に広がる、火薬の匂い。

刹那の正逆を打ち破る薬莢の音。

それは、銃と呼ばれるものだった。

撃たれた怪物はテケリリ、テケリリと不気味に笑い、彼らの元から下がっていく。

無論、その間も男は決して銃をおろしたりなんてしない。

そうやって油断して、死んだ仲間を何人も見てきたのだ。


「ありがとう。助かったよ」

「ああ、怪我はなさそうだな。いや……」

「元からだ。気にしないでくれ」


シャッターの内側に青年が入った瞬間、男は入り口を思いっきり閉めた。

中は住処を失った者で溢れかえっている。

布団にくるまり、寒さを凌ぐ者。

左手を負傷し、苦悶の表情を浮かべる者。

家族を失い、悲しみに明け暮れる者。

一眼見ただけでも10数人は確認できてしまったのだ。


上げていけばきりがないと悟った。

かくいう青年も顔に大きな傷を負っており、決して無事とは言い切れない。


「運が良かったと思うべきかな……」

「いいや。最悪だ」

「……」


傷を負った者の大半に共通して言えることだが、傷口が黒く染まっていた。

傷を癒す魔術を使っても治せない。最悪の負傷だ。


「ボウズ、名前は?」

「本名は言えない。ナツとだけ」

「事情は知らんが、いちいち気にしている余裕はない。俺の名はミクル。よろしく頼む」

「ああ。よろしく」


ミクルと名乗った筋骨隆々の男はナツに対し、手を差し伸べる。

どうやら、握手をしたいらしい。

苦笑いをしつつ、ナツは男の手を強く握りしめた。


「ナツ、治療の魔術は使えるか?俺以外の負傷者を手当してやってほしい」

「ダゴンにやられた奴ならできるが、ショゴスにやられたやつは無理だ」

「そうか。ならダゴンにやられたのはあいつだ」


ミクルが指差した先にいたのは、金髪の少女だった。

彼女は落ち着きなく辺りをキョロキョロと見ている。


「嬢ちゃん、名前は?」

「……レウ。お母さんは、どこ?」

(お母さん?)


辺りを見渡しても、母親らしき人物はいない。

嫌な予感が背筋を凍らせるも、口には出せなかった。


「どこを怪我した?」

「頭」

「「!?」」


少女の回答を聞いて、ナツは反射で背後に飛ぶ。

ミクルは先ほどのショットガンを手にし、銃口を少女に向けた。


「どうSSシたの?そんなもももも物むむむむむKKKKKKKKKKけて?」


ゲームのバグのように言葉を紡ぐ少女。

かと思ったら急に立ち上がり、思いっきり叫ぶ。

ただ、それは人とは言えないもの。


「いあ!いあ!◾️◾️=◾️◾️◾️◾️!!」


刹那、ぼん、と少女の頭が破裂した。

風船が割れるようなチープな音を出して。

くす玉の中身が出るように、血を出して。


すると、頭だったモノから無数のアメーバ状のナニかに変わり、襲い始めたのだ。

ショットガンを連射するミクル。

背中に背負った無明の剣で応戦しようとしたナツだったが、


「ぐっ。ここは俺が対処する。貴様は行け!」

「でも!」

「時間が無い。迷うな!」


突き飛ばされる形で、ナツは地獄から脱出することができた。


アーケードの完全崩壊が起こったのは、それと同時。

内側の現象でていっぱいの2人に、が現れた。

いや、現れてしまった。


「待ち侘びだぞ。この時を!」


歓喜を隠さず、1人の人間が天井に立つ。

両手をぱっと広げ、


「ははははははははははははははははははははははははははは!!」


高らかに笑っていた。

そして、


「……なんだ……」

「なんなんだ!お前は!?」


応えるかのように、ナツは出くわす。

月明かりに照らされた天井に、彼?は立っていた。

顔全部を覆う仮面をつけている細身の人。

いや、人ですらないのかもしれない。

髪は風で靡いて、中性的な見た目も相まってか、性別すら測ることができない。

初めて会った。

だが、噂で知っている。


「永遠の仮面!」

「へえ。知っていたのか。嬉しいよ」

「知らないも何も貴様は有名人だからな。いやでも情報は入ってくる」


イヤミを交えつつ剣を構えるナツ。

だが、彼は無意識で悟っていた。

──こいつには勝てない。と。

かといってそう易々と背中を見せて逃げれる相手では無いだろう。


「貴様を潰せば、我々の勝利は揺るがなくなる」

「俺を重要人物として認識してんのか?生憎、それは過大評価だ。俺以上に厄介な奴なんて五万といるだろう。なんでわざわざ俺を狙う!?」

「……貴様、識っていないのか?己の性質を」

「知るかよ。そんなこと、一回も考えたことない!」


問答を続けて時間を稼ぐ。

そんな甘い考えで、彼は『永遠の仮面』を惹きつけようとしていた。

だが、そんな考えは簡単に砕かれてしまう。


「マスター。西側方面の進行、完遂致しました」


ドスの入った野太い声が、どこかから鳴り響いた。

いつしかそれに片膝をつく大男がいた。


「ッダゴン!?」


丸太のような剛腕に、3つのペストマスク。

そんな化物は、報告が終わったのか、こちらを見つめ、


「成程、これが、最後の勇者ですか……」

「ああ。確と見ておくがいい。見納めとなるだろう」


小さく、嗤った。

明らかに舐められている。

だが、戦力差を考えると当然とも感じてしまった。


「偽装解除。真核展開。呼び覚ますは我が神体」


仮面の言葉と共に大気が揺れ始める。

それは少しずつプレッシャーへと変化していって。


「……冗談だろ?」


刹那、世界が歪んだ。

仮面の背後の空間が歪み、は姿を表す。

それは、巨大な円盤の外側に無数の手の付いたナニカ。

円盤の中心には巨大な眼。

機械と言われれば機械のようにも見えるし、

生物と言われれば生物のように見える不気味。

それを、この世のものというものは1人も居ないだろう。

無数の手は仮面を優しく抱きしめると、其の眼を見開く。


(なんだ……足が……すくんでいる?)


それは、恐怖からか。

それは、絶望からか。


絶対的な死を感じとってしまう。

きっと、逃れることはできないのだろう。

魔王なんて比じゃない。


死を覚悟した。


「死ね」


短い死刑宣告と共に、無数の手は一斉に手のひらをナツに向ける。

手のひらひとつひとつに超高密度の魔力が展開され、


「うて」


仮面の号令の下、一斉に発射された。


(あ、避けれねえわ。だって、足動かないもん)


死の直前になると、人間は冷静になれると聞く。

ああ。そうだったのか。と思いながら、


「グアあああああああああああああ!!」


死を、受け入れた。







──貴方は、まだ、死なない。

──いいえ。死ねない。

──貴方は、貴方の『固有魔術』は……

──タイムトラベル。




「もしも、過去に戻れるっていうのなら伝えてくれ」


それは、誰かと話した懐かしい記憶。


3って」


あの時は、冗談だった。


「頼んだぞ。お前は……希望……なん……だ……から」


息絶える時まで、彼はそんなことを言っていた。


──ああ。やってやる。






──あんな未来は、2度とごめんだ。


強い決意を抱き、青年は見知らぬ大地に立った。

友人が残してくれた黒いローブを着て、

顔を隠して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る