5分0秒小説『いばしょ』

 ビルとビルの間、人が通り抜けるには狭すぎる隙間、猫用?光は届かず、都会が苦しい陰性の虫たちがわらわら逃げてくる手狭な闇、そこに僕は棄てられた。僕はべこべこのアルミ缶、股間に小さく”果汁1%”の文字。


 さびしかったよ。空っぽになって、こんな場所に転がっているのは。薄っぺらな体、甘い香りも饐えて酸っぱくなってしまって、それを充満させた闇をただ抱えているだけの日々、見上げれば、横幅30cmにも満たない青空。飛行機雲のごく一部がたまに斜線を引く。僕はいつの日か、「この空に沿って伸びる一直線の飛行機雲が見たいなぁ」と、それだけを死と共に願っていた。


 からんころん。

 或る日、仲間が出来た。僕の隣に棄てられたコーヒーの空き缶、「やぁ」挨拶をしたが無視された。いや、違う。彼はスチール缶だから言語が違うのだ。それでも僕は嬉しかった。もう一人じゃない。このビルの闇は、一人には大きすぎるし、空は一人には狭すぎる。

 コーヒー缶は、ひっきりなしに何か、ぐずぐずと喋っている。仕方なく僕も、お互いに言葉は通じないと分かってはいても、ずっと語り掛けた。身の上話や将来の夢とかね。


 がす。

 或る日、お客様が来た。招かれざる客だ、黒いビニール袋、中身は分からない。ひょっとしたら、僕と同じアルミ缶が沢山入っているのかもしれない。想像すると、少し怖くなった。声は聞こえない。

 数日経って、アルミ缶じゃないと確信した。臭いがすごい――腐敗臭、ビニールの接地面がドス紫に濡れている。染み出した液体は、血のようにも見えた。缶コーヒーに意見を求めたが、やはりぐずぐず言うだけだった。


 或る日、友達が出来た。コーヒー缶もまぁ友達のようなものだが、やはりアルミ缶同士じゃないと真の友情は産まれない。「やぁ」「やぁ」「いつからここにいるの?」「飛行機雲274本分前から」「へー」「君は、凄く良い匂いがするね」「まぁね、俺は果汁100%だから」「え?そうなんだ……凄いね」「君もだろ?話し方で分かるよ。俺、果汁100以下の奴は空き缶と認めてないから」「うん、そう、僕も100%さ」

 僕は自分の嘘が苦しかった。幸いにして果汁1%の文字の1しか彼には見えていないようで、僕はその1すらも地面に伏せてしまいたいと身じろぎしようともがいた。友情ってなんなんだろう?僕は空を見上げて、無地の青空をただ飛行機の音だけが通り過ぎて行くのを見上げ、悲しくなった。


 僕は、考えている。そう、それからもどんどん仲間が増えていって、色々と複雑な関係が生まれたんだ。僕は一生懸命考えてる。初めは僕一人だったこのビルの隙間に、どんどんと仲間が増えていった。きっと、僕が呼び水になったのだ。僕が初めにそこに存在したことで、人間は、「ここにゴミを捨てていい」と勝手にルールを作ったんだきっと。

 そのことを皆に話したけど、誰も関心を示さなかった。僕が期待した、僅かばかりの敬意すらも得られないかった。


 それ以来僕は、皆と話すのが嫌になった。違うごめんなさい。本当は怖くなったんだ。尊敬されたいなんて、ちっぽけな感情で偉そうなことを言ってしまって、皆僕を軽蔑しているんじゃなかと、それが怖かった。しかも本当は僕、果汁1%の空き缶なのに、100%って自己紹介している。もう引き返せない。風が吹くたびに怯える。僕の身体がずれてしまって、股間の文字が見えてしまうんじゃないかって……そしたら絶対嫌われる。でも何処にも行けない。逃げ場なんてない、ここが逃げ場だから。もしばれたら、誰からも無視されて、僕は黙って空を見上げるだけの存在になってしまう。そんな日が来たら、心を自殺させる方法を本気で考えないといけない。


 或る日、すべてが終わった。

 警察の人が大勢、長い棒を使って僕ら全員を隙間から引っ張り出した。黒ゴミ袋の中身は人間だった。赤いフラッシャーがびかびか光って、何か素敵なことが起こる予感がした。ひょっとしたらあの元人間肉は、昔僕の中身を飲んだ人間かもしれない。ま、知ることはできないけどね。皆分類されて、袋に詰められていく。


「ごめん皆、実は僕、果汁1%なんだ」


 僕は告白した。半透明な袋の中、仲間たちとがしゃがしゃ揺れている。皆の反応は優しかった。「知ってたよ」憐れむような優しい声だった。僕は、心を自殺させたいと思ったが、どうせこのあと皆一緒にぺしゃんこになるなら、それももういいかと思った。


「どうして嘘を吐いたんだ!ずっと仲間だと思っていたのに」


 最初に友達になった彼が怒っている。そっか、実は、彼は本当の友達だったんだなぁ……飲み口から、饐えた液体が零れた。


 あの人間の肉が、あの後どうなったかは知らないし、きっとあと3万年くらいは、飛行機雲は真っすぐにはならないだろう。あんな狭い空じゃあね。

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