3~4分で読める短編小説集

或虎

3分0秒小説『天使と悪魔とカッターナイフ』

   手首を切り開こう

   そこに種を植えるために


 4階から屋上へ上る階段、扉は閉鎖されている。だからここを登っても行き止まりだ。生き止まりの私には丁度いい。どうして教師は青空を封印するのだろうか?黄緑色の扉を背負い、座る。売店で買ったカッターナイフのパッケージを破壊する。


「白い傷と黒い傷、どちらがいい?」

 左肩に止まる白い天使が聞いてきた。

「黒い傷がいいよな?な?」

 右肩の黒い悪魔が聞いてきた。


 私には、それを選ぶ権利があるんだ――嬉しかった。


   死にたくないから自分を傷付ける

   生きたくないから自分を慰める

   繰り返す自慰自傷


 太腿の奥をスカートの上から掻き、項垂れた。

 彼らは嘘を言っている。手首を切り開いても、赤い傷しか出来ない。白い傷?黒い傷?私は口をすぼめて、天使に風を吹きかけた。

「なにすんだよ!」

 髪にしがみつき、足をばたばたさせながら天使が怒った。

「嘘つくから」

「嘘?」

「嘘なんかついてない!」

「白い傷なんて嘘」

「嘘じゃない」

 悪魔が嗤う。

「天使の言うことなんて信じるな」

「アナタは黙ってて!」

 悪魔にも息を吹きかける。黒い槍を私の肩に刺し、しがみつく。

「槍、痛い」

「じゃあ吹くのを止めろ」

 チャイムとチャイムの間は、閏秒のように、本来は存在しない時間。人生を微調整する為に誰かが作った必要悪だ。

   

   このため息

   誰のための息?


「ねぇ、早くしなよ。誰か来ちゃうよ」

 天使が言った。

「そうだ。そろそろチャイムが鳴るぜ」

 この階段は、暗くてひんやりしていて、神社の側を通った時のように、何かに見られているような感覚、そして、死んだ草木の臭いがする。


   私の死因を覆い尽くす

   石榴みたいな瘡蓋を集めて

   籠一杯に盛り付けて

   美術の時間に皆で

   それを静物として描いて欲しい


 私は、カッターナイフを手首に押し当て、線を引いた。でも刃を上に向けていたので、手首は無傷だった。代わりにうっすらと白い筋が出来る。

「白い傷を選んだね」

「ちっ」

 白い筋は、アニメーションのようにもともとの肌の色へ。どうせ傷つけても、致命傷にならない限り、私の体は、治るのだ。心がいくら死にたいと思っていても、体は生きようとしている。私は笑った。


 手を叩かれた。かしゃんかしゃん吹っ飛ぶナイフ。

「あ、教師だ」

「馬鹿野郎!」


 教員室に連行された。叱られるのを期待していた、何ならぶん殴られたら面白い――そう思っていた。だけど教師たちは、困惑したように半笑い浮かべ(優しい表情のつもり?)私を取り囲み、生ぬるい言葉を交互に吐きかけ続ける。延々とだ。石を投げつけられている感覚がした。

 右肩の悪魔が囁く「こいつら、殺して欲しいか?」「うん」「じゃあ、次は黒い傷を選ぶんだな。そうすれば、こいつらは消える」「私と一緒に?」「そうだ」「また嘘ついた。私だけでしょ?消えちゃうのは」。


 家に帰った。

「ただいま」

「おかえり」

 誰もいない玄関で、一人二役。


 バスタブに沈み、鼻から気泡を漏らしながら私は、目を開ける。

 またあの階段に座ろう。

 生きる為に。もっと強く生きる為に。

 誰にも理解されないけど、私は――死んでもいいから、もっと強く生きたいって、本気でそう思っている。信じて欲しい。

「いつかきっと、ちゃんと生きる方法が分かる日が来る。そうだよね?」

 怒った顔して水中でもがきながら、天使と悪魔が頷いた。

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