3分小説『てんまつ』
顛末書
この度は、私の不注意により、このような事態となってしまい、誠に申し訳ありません。天使長様から、ことの顛末を報告するように言われましたので、文章にまとめました。申し遅れましたが私は天使です。役職をもたない平天使です。任務は、人間の最後の願い――最後に食べたいものを叶えてあげることです。具体的に述べますと、天国行きが確定している人間に対して、地上の最後の想い出として、いわゆる”最後の晩餐”を施すことが、私の主な役目です。
今回私が担当していた人間は、日本人、47歳、独身、男性です。彼の望む最後の晩餐については、十分にリサーチを行っており、詳細に記録しておりました。ただ、状況を十分に把握せずに、実行してしまった点が悔やまれます。
言い訳になってしまいますが、決して手を抜いていたわけではありません。本当です。その証拠に、男性の希望する最後の晩餐に関して、詳細に記録した20ページに及ぶ資料を添付しておきますのでご参照ください。
現場に行けなったことも原因の一つです。行かなかったわけではありません。行けなかったのです。
これもまた言い訳になってしまいますが、先週、同僚が鬱で天使を辞めてしまった為、彼が受け持っていたエリアを私が兼任しており、そのために、複数の案件が重なってしまう場面があり、その際には、不本意ながら、遠隔で最後の晩餐の奇跡を実行しておりました。この度も、そのような状況でした。
彼が日本人だということで、当然日本にいるものと思い、所在地を確認しなかった点も私の不注意でした。でもまさか、ほんの1か月、目を離している間に、ゴビ砂漠に転勤になっていようとは――そして、砂漠で遭難し、炎天下で枯渇死しようとしているなんて、想像することもできませんでした。
以下、添付した録画データを確認して頂ければと思いますが、念の為に文章に致します。
彼は砂漠で独り、天を仰ぎ、神に祈りを捧げていました。敬虔なクリスチャンだった彼は、純真な心で神と神の御子と精霊を称え、清く澄んだ聖なる心で、死を受け入れようとしておりました。容赦なく照り付ける太陽、もう汗の一滴も流れぬほど脱水している彼の身体、地に伏して――顔を横に向け、虚ろに地平線を見つめておりました。
そこへ私は、あろうことか私は、彼の最後の晩餐として、彼の目の前に、汁無し担々麺を施してしまったのです。
初めのうち彼は、目の前に起こった奇跡が理解できない様子でした。幻影とも思っておらぬ様子で、茫然と丼の横に描かれた雷紋を目で追っておりました。しかし暫くして、彼はゆっくりと手を伸ばし、丼と箸に触れ、それが幻ではなく、現実なのだと理解し、彼は――すいません、また言い訳になってしまいますが、ことあるごとに、彼はこう言ってたのです――汁無し担々麺、死の間際には、地元の老舗の汁無し担々麺が食べたいと。もっとも古い発言は、彼が中学1年生の時のもので、最新の発言は、ほんの2か月前のものとなります。
話を戻します。彼は、汁無し担々麺を箸で持ち上げると、再び天を仰ぎ、流れるはずの無い涙を滂沱と頬に滴らせ、あろうことか、神を冒涜する穢れた言葉を幾度も吐き散らし、丼を砂の上に投げ捨て、中指を天に突き立ててこと切れてしまいました。
唐辛子にまみれた麺が、砂漠の砂に散らばり、なんとも奇妙な光景を作り出していました。
まさか、47年の生涯に渡り、敬虔なクリスチャンであった彼が、死の間際にあれほど取り乱し、信仰を捨て去ってしまうとは――そのせいで、確定だったはずの天国行きがなくなってしまい、地獄に落ちることになるとは――彼を庇うわけではありませんが、私が余計なことをしなければ、きっと彼は安らかに息を引き取り、今頃は天国で神の御名を称えていたはずなのです。私が、余計なことをしたばっかりに……
以上が、今回の事の顛末となります。
どういった処罰が下されようとも、受け入れますが、出来うることならば、諸事情を斟酌して、幾ばくかのお慈悲を賜ることができれば、幸いです。
何卒、宜しくお願いいたします。
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