第12話 フワルー先輩

 フワルー先輩が、門番さんと話をした。


「堪忍や。この子は、ウチの通ってた学校の後輩でな。キャラメ・Fフランベ・ルージュちゃんいうんや。キャルちゃんをこの村に呼んだんは、ウチなんよ」


 先輩が、わたしの説明をする。


「いくらあなたの顧客といえど、魔物を村に入れるわけにはいかんぞ」


「かまへんかまへん。この子ら、デコに召喚の紋章が付いてるやろ? あれはキャルちゃんと契約したモンスターや。襲ったりせえへんって」


 さすが錬金術師である。ちゃんと魔物の識別も可能とは。


 門番さんが確認をして、わたしたちは晴れてお咎めなしに。


「事情はわかった。ただ召喚モンスターとはいえ、この数では村の連中が怯えてしまう。悪いが、お嬢さん。差し支えがなかったら、モンスターを引っ込めていただけないだろうか?」


 ああ。ですよね。


「すいません。消しますんで」


 わたしは、スパルトイ軍団に「戻って」と指示した。


 レベッカちゃんの中へ、スパルトイたちが吸い込まれていく。あとは、有事の際に召喚し直せばいいし。


「おおきに。ほなキャルちゃん、お店まで来てな」


「ありがとうございます、先輩」


 馬車を駅舎へ帰し、わたしとクレアさんは先輩についていく。


 フワルー先輩は、豊満な身体をユサユサと揺らしながら歩いた。生地の厚いジャンパースカートの上からでも、スタイルのよさがわかる。


 街の男たちの視線を集めて……などいない。


 男たちはみんな、先輩の女っ気のなさを知っているのだろう。


「ところでキャルちゃん? となりに連れてるべっぴんさんは、誰や?」


 興味深そうに、先輩がクレアさんを見る。


「こちらの方は、おひ――」


「クレア・ナイフリートと申します。キャルさんとは、エクスカリオテ魔法学校の同級生でした」


 当たり前のように、クレア姫は偽名を使う。だよね。お姫様ってバレたらヤバいもん。それこそ、スパルトイ軍団が村に入るより恐ろしいことが起きるよ。


「さよか。ウチは『コナモロッド村のフワルー』や。よろしゅうな」


 フワルー先輩は、クレアさんの正体に気づいていないみたい。


 よかったぁ。先輩が世情に疎くて。この人、研究以外にはまるで興味がないもん。


 もっと社会勉強をしていたら、先輩だって大きな街でも成果を上げられるのに。


 そんな先輩でさえ、クレアさんには興味を持つんだね。やっぱりクレアさんは、すごいんだ。


「あんたの魔剣も、大概やな」


「レベッカちゃんですか?」


「名前までつけとるんかいな! アンタらしいわ!」


 フワルー先輩の視線が、レベッカちゃんに向けられる。


「アンタ、黙っとったら窮屈やろ? ウチの前では、しゃべってええさかい」


 突然、フワルー先輩が、レベッカちゃんに語りかけた。


『アハハ! バレちまうとは! アタシ様はレベッカ。よろしくな』


「フワルーや。よろしゅうな」


 レベッカちゃんが言葉を話すことが、わかるなんて。


『どうして、バレたかねえ?』


「魔剣には、息遣いがする個体が存在するんや。アンタは、そのタイプみたいやったから」


『随分と、魔剣に詳しいようだね』


 そこまで勘がいいなら、クレアさんが王女様だってこともわかるはずなのになあ。 


「せや。ギルド行かなアカンやん」


 スタスタと、冒険者ギルドのある建物へ。


「いらっしゃい。トリカン村の冒険者ギルドへようこそ。あら、フワルーじゃないの」



 カウンターには、耳の長いおねえさんが。この人、ウッドエルフだ。


「この子、ウチの後輩やねん。素材を取ってきたよってに、ちょっと頼むわな」


 フワルー先輩は、エルフおねえさんにすべてを任せて、先に店へ戻るという。客を待たせているそうだ。


「じゃ、よろしくね。手を拝見するわ。見せてちょうだい」


「はい。お願いします」


 ウッドエルフのおねえさんに、わたしは手を差し出す。


「承知しました」


 エルフおねえさんが、わたしの手の甲に平べったい特殊な杖をかざした。記録された冒険者データを、杖を使って読み込む。


 クレアさんの手も、同じように見る。


「お二人で、冒険者七人分のお仕事をなさったのね。まだお若いのに、すばらしいわ」 


「どうも。それと、これを」


 わたしはエルフおねえさんに、戦利品を見てもらう。


「ウフフ。上等な品ばかりだわ。フワルーの後輩なだけあるわね」


 一部はギルドが買い取って、残りはフワルー先輩の元に行くそうだ。


「いやあ。おまちどうさん」


「あのおばあさん?」


「せやねん。孫が街へ出てもうたさかい、話し相手がほしいんやろうな。なかなか、話してくれへんかったんよ」


 フワルー先輩が、ナハハと高らかに笑った。


「これが、依頼の品よ。いいものは、持って帰っていいわ」


「おおきにやで。依頼主は、ウチやもんな」


 オウルベアのクチバシと目を手に、先輩がホクホク顔で家へと帰る。


「ついたで。ここがウチの店や」


 先輩の家は、こじんまりとした木組みの家だ。ハンドメイド感が溢れている。ただ、あと二人が生活できるスペースはなさそう。


「二人もやってきてくれるなんて、思ってへんかったさかい。庭が余っとるから、増築増築っと」


 フワルー先輩が、腕をまくる。


「お構いなく」


「そういうわけにも、いかへんて。キャルちゃんが木材も集めてくれとるさかい。すぐ終わるわ」


 空いたスペースに、フワルー先輩が家を作り始めた。魔剣をガッツリ装備して。


「ええやろ?」


 フワルー先輩の魔剣は特殊で、ただの魔法で動く工具だ。刃の周りにチェーンが取り付けられていて、魔力を流し込むとチェーンが刃の周りを回転する。丸太を切るのに、特化しているとか。


「これでゾンビをシバいたら、なんか爽快やねん。なんでやろ?」


 ウイーンと轟音を立てながら、フワルー先輩は丸太を斬り続ける。片手で。

 もう片方の手で魔法を操り、丸太を削って組み立てる。


「相変わらず、規格外ですね。先輩って」


「どうやろ? アンタこそ、こんなえげつない量の丸太を、アイテムボックスに仕込んできたやん。ウチからしたら、アンタのほうがよっぽどバケモンなんやが?」


 そうだろうか? それを片手でバシバシ切り刻んでいるのは、先輩でしょ?


「お二人とも、バケモノですわ」


 わたしたちのやり取りを見て、クレアさんがつぶやく。


「そうだ。お手伝いします。おいで、スパルトイ軍団」


 スパルトイを召喚して、手伝ってもらった。ガイコツがウロつくと村人の視線が痛いので、カブトとヨロイを着てもらう。これで姿を隠して、作業してもらった。


 斧使いが丸太を斬り、手の開いているガイコツが木を組み立てていく。


「器用やなあ。あんたの召喚したアンデッドは」


「わたしの腕が、反映されているのかも知れませんね」


 柵も作っておくか。あとは薬草畑のお手入れと、部屋の中に入れる作業台の準備を。


「キャルさん、一階にキッチンを作ってくださいまし。わたくしは、お夕飯の材料を買ってきます」


「いいの、クレアさん?」


「はい。村の方ともお話がしたいので」


「ありがとうございます。じゃあ、お願いしちゃおっかな?」


「おまかせを」


 買い物かごを持って、クレアさんが買い物へ。 


 わたしは、二階に取り掛かる。ベッドは、広めに作らせてもらった。


「先輩は、どこを作ってらっしゃるので?」


 広い敷地に、先輩がやたらと岩や石を積み上げている。石窯は大量にあるし、クラフト用の設備ではないだろう。城壁ってわけでもなさそうだな。


「できてからのお楽しみや」


 フフン、とフワルー先輩が不敵に笑う。


 あっという間に、もう一軒の家が出来上がった。お店と地続きになっている。お店も新調されて、立派に。


「ま、魔王城だわ!」


「大変よ! 魔王の城ができているわ!」


 わたしたちが作った家は、すっかり魔王城呼ばわりだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る