金の盃
「戻ったわ!」
風通しの良くなったダイニングで昼食を食べていると、先程のあわてんぼうのシスターアズリアが何やら袋を背負って戻って来た。
「お、早かったな」
「や、約束は守るのが、聖竜教会のポリシーよ」
「どっかのアウトローか」
「し、失礼な!」
肩で息をしながら見上げて来たアズリアは、しかし気を取り直したように背負っていた袋を下ろして口を開いた。
「で、何を持ってきたんだ? 金30グラムって言ってもインゴットをそのまま持ってきたわけじゃないだろうし……」
「ええ、当然よ。私たち聖竜教会では互いが確かに示し合わした、同等の価値のものでの物々交換以外は基本的に行ってはいけないの。だからものの売り買いはできないし、であるからインゴットも需要が無い。なので私は私物の装飾品を1品持ってきたわ」
自慢げに言い放ったアズリアが取り出したのは、全体が金色に輝く盃だった。片手に収まるサイズ感でこそあるが、確かに30グラムは優に超えているだろう。
「へぇ、こんなものを持っているんだな?」
「これは親愛なる教徒が私個人へと贈ってくれたものなのだけれど……持て余してしまっていたの。彼はすでに天命をまっとうしてしまったし、彼も私の罪を償うためだと言えば喜んで使ってくれと言ってくれるはずよ」
なるほどな。
どっか破天荒なシスターだと思っていたが、彼女を慕う人も少なくないらしい。それに、シスターアズリアの言葉には嘘や混じり気をあまり感じない。
きっと、本心からそうであると信じているのだろう。
「さあ、これでいいかしら? もちろん必要な人手があったら手を貸すし、お望みとあれば改めてこの頭を下げる」
「だってよマシロ、どうする?」
「んふぁふぉふぉふぇふぅ」
「飲み込んでから喋れ」
この、金がどうとか言い出したのはマシロなのだ。最後はマシロに決めさせようと思って机の方を見れば、マシロはかき込んだ昼食で頬を膨らませていた。
「んっ……いえ、まだ駄目です。私もあまり人を疑いたくはないですけど、それが錬金術に扱えるものなのかが分かりません」
「うっ、それも、そうよね……仕方ないわ。錬金術師殿、試してもらってもいいかしら?」
「良いケド、ちょっと待って欲しいカモ。あとちょっとで食べ終わるカラ。あ、あと私は錬金術師ではないカラ」
俺たちは揃ってハトリールの完食を待ち……そして食器を片付け終えたハトリールがアズリアから盃を受け取った。
「う~ん、見た感じ本物っポイ?」
「そ、それは良かったわ! じゃあ、それで大丈夫なのよね!?」
「大丈夫だと思うケド、本当にいいのカ? これ、装飾も細かい貴重品だと思うんだケド。売れば、なんて言わないケド、価値としては相当だと思うんダ」
ハトリールがそんなことを言えば、アズリアは少し悩む様に俯いた。けれど、すぐに混じり気のない笑みを浮かべ直した。
「その盃の価値は、やっぱり必要としているもののためにあってこそよ。それがどんな用途で使われるのだとしても、聖竜様はそれが正しいことだったのだと言ってくださるはずよ」
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