統合参謀本部

 銀河連邦共和国軍統合参謀本部Joint Chiefs of Staffは連邦首都惑星たる地球、北米大陸に位置するトロント連邦管区Federal District郊外の国防総省庁舎ヘキサゴン内に置かれている。国防総省Department of Defenseは政府首府が集中するオンタリオ湖の人工島ハドソンアイランドから離れて郊外に正六角形の庁舎を持っており、連邦軍自体を指す事もある”ヘキサゴン”の別名もその形状から取られたものだった。

 統合参謀本部は連邦軍の持つ三つの軍種——宇宙軍Space Navy地上軍Ground Army海兵隊Marine Corps宇宙警備隊Space Guards国内軍National Troopsの軍令部を統合した連邦軍の頭脳機関であり、帝国軍の陸海軍参謀本部や連合軍の中央作戦総局に対応する。

 統合参謀本部は国防長官に委任された範囲内において全連邦軍部隊への指揮権を持ち、最高司令官たる連邦大統領や国防長官の指揮の下で作戦を統制する。その長たる統合参謀本部議長Chairman of the Joint Chiefs of Staffチェスター・M・ジョンソン元帥は連邦軍の制服組トップであった。

 統一暦七五一年八月一二日、統合参謀本部会議が招集される。

 「ゴールドスタイン星系に襲来した帝国軍は昨日までに全艦隊が星系を撤退しました」

 宇宙軍作戦部長Chief of Space Navy Operationsジョージ・T・ハント大将が報告する。

 「素晴らしい」

 国内軍総局長官Director of the National Troops Bureauチェン・ジー・ウォン大将が一言で言い表し、同意するように一座のメンバーたちが頷いた。

 「帝国軍は概算で三万隻以上の艦艇が撃沈破し、遠洋打撃力は大幅に低下したと思われます」

 「では軍のリソースをタウンズヒル戦線に振り向ける事ができるか?」

 地上軍参謀総長Chief of Staff of the Ground Armyボリス・シャポシニコフ元帥が指摘したのは現在連邦軍の抱える今一つの懸案であった。

 アポロ星系の惑星タウンズヒルは資源豊富な惑星と言う訳ではないが、航路の重要な結節点に位置し、この地に補給拠点や防衛要塞を設置したいと言う帝国と連邦の思惑から激しい争奪戦が繰り広げられていた。

 同方面を担当するA統合軍の宇宙軍第七艦隊と地上軍第三軍集団は帝国軍の海軍第二軍と陸軍C軍集団と対峙しており、双方の間で宇宙と地上を問わず戦闘が繰り広げられたものの戦線は膠着状態にある。

 水を持たない惑星タウンズヒルの地上軍部隊には補給が必要であり、双方とも多数の輸送船で補給し、最近では互いの補給線寸断を狙った小規模な戦いが繰り返されていた。

 「一定の戦略的優位を確立する事はできたが、第三艦隊の戦力を直ちにアポロ星系に振り向けることはできない」

 「目下の膠着状態の打開にはより大きな兵力が必要だ」

 宇宙軍作戦部長にとっては帝国海軍との戦力バランスと、稼働状態の艦艇数の維持が高い優先順位にある。一方惑星タウンズヒルで多大な損失を出している地上軍参謀総長にとっては、この戦線の打開が重要であった。軍種毎に利害が入れ違うのは決して珍しい話ではない。

 議長ジョンソンは地上軍の元帥だが、彼が特定の軍種の利害の代表者であってはならない。それは統合参謀本部副議長Vice Chairman of the Joint Chiefs of Staffイタロ・カーボッティ宇宙軍元帥も同様だった。

 「現実にタウンズヒル戦線が膠着を続けている現状は許容されるべきものではないが——」

 ジョンソンが口を開く。

 「帝国軍も決め手に欠けているのが現状だ。犠牲の多い地上戦よりもその補給線を寸断する事が叶えば、三百万を優に超える帝国軍を捕虜とする事ができる」

 「賛成です」

 カーボッティが同意した。

 「巡洋戦艦を含む高速艦艇を第七艦隊に増派し、敵補給線寸断を目的とした作戦計画を準備して良いかと」

 「しかしゴールドスタイン防衛戦では軽艦艇の損耗が多く、即座に他の戦線を補強できる状態にはありません。第二艦隊から艦艇を割けば、その分総予備兵力が減少する事になります」

 第二艦隊は本国艦隊と定められて中央統合軍麾下に入れられた艦隊であり、予備兵力として帝国軍の大規模攻勢に備える事にその役割がある。その第二艦隊の戦力を割けば危機への対処能力は低下する事となる。

 ハント作戦部長は決して積極的な提督ではない。あくまで帝国の行動に対し受動的かつ責任回避的な言動が目立つ男だった。自立自発的な将校である事を求められる連邦宇宙軍の士官としては珍しいタイプである。

 「ハント大将、貴官の反対意見は理解できるが、目下の膠着状態で第七艦隊や第三軍集団が消耗を続ける事は決して望ましい状況ではないだろう。第二艦隊の一部を割いてでも状況打開が必要な事態ではないかね」

 同じ海軍元帥のカーボッティが説得するが、ハントは首を縦には降らなかった。

 「そのようになれば敵も増援を送り込み、終わりのない消耗戦が続くのみです」

 「そのために現状を肯定すると言うのか?」

 海兵隊総司令官Commander of the Federal Marine Corpsヨシカズ・アキヤマ大将が険しい視線を海軍作戦部長に浴びせかけた。海兵隊は宇宙軍と協同し惑星上陸の最前線に立つ精鋭兵団である。

 「いたずらな兵力移動が戦線全体に与える悪影響を懸念している」

 ハントは言い返し、卓上の炭酸水を呷った。

 「政治判断が必要ですかな」

 静かに話を聞いていたチェンが口を開く。

 ジョンソンは頷いた。

 「最高司令官は大統領だ。ここで結論が出ないなら、決断を仰ぐ他あるまい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る