【番外編】first encounter(★)

「おかあさま〜! ははうえ〜!」


 薄い蜂蜜色の毛先だけウェーブしている腰までの髪を三つ編みハーフアップにした、スカーレットの瞳を持つ可愛らしい少女がアンジュとデーアを呼ぶ。


「よつばのくろーばー! ゔぁーるおにいさまとみつけました!」


 その少女はアンジュに駆け寄り、四つ葉のクローバーを差し出した。


「つぇすぃーとおなじよっつです!」


 自分のことをツェスィーと呼んだこの少女はアンジュとゲニーの待望の第一子、中立国家フリーデン王国のプリンツェッスィン王女である。


「ツェスィー、数をちゃんと数えられるようになったのね」

 

 デーアもプリンツェッスィンの側に行き、彼女を褒めた。


「はい! ははうえにおしえてもらいましたので!」


 アンジュのことをお母様、デーアのことを母上と呼ぶプリンツェッスィンはゲニーのことはお父様、ヴァイスハイトのことは父上と呼ぶ。それはヴァールから始まったことで、なかなか子宝に恵まれなかったアンジュとゲニーがデーアとヴァイスハイトの息子であるヴァールを実の子のように可愛がったから、彼が四人をそう呼び出したのだ。


「本当にここは良いところだなぁ」

「ゲニー、娯楽で来てるんじゃないんだぞ」


 羽を伸ばそうとしてるゲニーをヴァイスハイトがいましめる。


 争いに直接関与せず、中立の立場を保つフリーデン王国は世界の戦争や紛争による難民を受け入れ守る国だ。だがこの国はただ傍観という訳ではなく〝争い〟に直接関与しないだけで、話し合いという地道で大変な方法で、武力暴力を使わず色んな国の架け橋になる大切な立場となっていた。


 今視察に来ている場所は、昔クリーク帝国だったとき王族が避暑地に使っていた場所で、緑豊かな自然が残る、夏でも涼しい過ごしやすい所である。


「とても良いところでしょ? ここなら心の傷も癒せると思うの」

「そうだね。戦争や紛争で心に傷を負った人もここで元気になるといいな」


 綺麗な色をした湖を見ながらアンジュとゲニーは思いを馳せた。


 戦争は血を流し命をとるだけではなく、人の心にも深い傷を残す。少しでもその傷を癒して欲しいと、この自然豊かで空気も綺麗な過ごしやすい土地に療養所を構えることにしたのだ。


「お父様、父上。そろそろお昼の時間になります。仕事もいいですが、健康管理があってこそなので休んでください」


 にこりと笑う、癖ひとつないサラサラの肩までの金の髪をハーフアップのお団子にし、かけてるメガネからリーフグリーンの瞳をのぞかせている少年はデーアとヴァイスハイトの第一子であるヴァールで、年は十歳になる。元々物分りの良い賢い子で、僅か十歳にも関わらず魔法を作り出せる程魔法が得意であり、父親譲りの高い学力を持ち、国のためになると語学を学び世界八カ国五部族の言語をマスターしている所謂神童であった。


「ゔぁーるにいさま! ごはんはなんですか?!」

「ツェスィー、遠出して疲れただろう? お昼は君の好きなたまごサンドとポテトサラダだよ。デザートはいちごだからね」

「わぁ! みんなつぇすぃーのすきなものです!」


 六歳下の従姉妹が可愛くて仕方ないヴァールはプリンツェッスィンをどろどろに甘やかす。目に入れても痛くないとはこのことだろう。


 六人は大きな布を草の上に敷き、その上で仲良く昼食を摂り、会話に花を咲かせた。


「ツェスィー、美味いか?」

「はい! ちちうえ!」


 ヴァイスハイトがあむあむとたまごサンドを頬張るプリンツェッスィンに尋ねる。

 

「あ〜マジで可愛い。アンジュと僕にそっくりだよ。さしずめ小さな天使だな」

「それには同感です。お父様とお母様には沢山感謝してますが、ツェスィーを産んでくれたことを一番に感謝してます」


 プリンツェッスィンを可愛がる男三人を見て、デーアとアンジュは微笑んだ。


「でもね! 世界で一番可愛いのはアンジュだよ」

 

 ゲニーはアンジュの手を取り唇を重ねる。


「俺はデーアが世界で一番可愛いぞ。食べてしまいたい程にな」


 ヴァイスハイトはデーアの耳元で囁き、耳たぶをパクリと食んだ。


「ゲニー! だから子供たちの前ではキスとかそういうのしないでって言ってるのに!」

「ヴィー! 子供の教育に悪いことはしないで!」


 アンジュとデーアは顔を赤らめ抗議する。


「お母様、母上、大丈夫です。ツェスィーの目と耳は既に塞いでます。この子の教育に悪いものは僕が排除しますので」


 ヴァールはにこりと笑い、その親指二つは両耳を、残りの八本の指はプリンツェッスィンの両目を塞いでいた。


「ツェスィー、お腹いっぱいになって、眠くない?」

「ふぁ〜。にいさまねむいです。おやすみなさい〜」


 よく食べたプリンツェッスィンは眠気が来てヴァールの膝の上で眠ってしまう。


「本当にお前ってそつなくこなすよな〜」

「ヴァールが優秀な子で良かった」


 ゲニーは素直に感心し、ヴァイスハイトは流石自分とデーアの子だと満足そうにした。


「ヴァールが見ててもダメよ! まだこの子は十歳なのよ?!」

「そうよ! 全然良くないわ! まだ知らなくていいのよ?!」


 ヴァールにも見せるものではないとアンジュとデーアは訴える。


「え〜? だってこいつもう精つ、痛!!」


 その瞬間ゲニーの顔面にヴァイスハイトの拳が容赦なく埋まった。

 

「ゲニー黙れ。悪いが父親として息子の尊厳は守らせてもらった」

「父上、ありがとうございます……」


 ヴァールが先日精通し、十歳ながら体は大人へと変化していく。


 そしてヴァイスハイトがヴァールの耳元で囁いた。


「なぁ、ヴァール。そろそろツェスィーのお世話も潮時ではないか? そのこともあるし、最低でも風呂と着替えはもうやめろ」


 プリンツェッスィンが生まれてこの方、食事の世話から風呂や着替えやヘアセット、オムツをしてる時なんか替えるのだってヴァールがしてきた。仲が良いのは良いのだが、そろそろケジメをつけろとヴァイスハイトも注意する。


「そうですね……。でも急にやめたら僕のそのことも知られてしまうので、ツェスィーが五歳の誕生日になったらやめます。それでよろしいでしょうか?」

「だそうだ。おいゲニー、聞いているか?」

「痛みに耐えてんだよ、クソ兄貴! まあ、それでいいんじゃね? 昨日の今日でやめたらツェスィーにどう説明したらいいか分からんだろ」


 女性陣に聞こえないようにコソコソと男三人が話す。


「仲が良いね」

「本当ね」


 アンジュとデーアはまさかそんな話をしてるとは露程も思わず、三人がコソコソ話してるのを可愛らしいと見つめた。


「お母様、母上。見てしまったのは謝りますが、僕的にはとても仲がよろしいお母様とお父様、母上と父上を見て微笑ましく思います。僕もいつか……誰かとそうなりたいと思ってます」


 少し頬を染め照れながら言うヴァールはやはり年相応で可愛らしく、両親たちは胸をときめかせる。


「大丈夫よ! ヴァールならきっと可愛い子とそうなれるから!」

「そうよ! 母親の欲目かもしれないけど、ヴァールは顔も整ってるし、性格も温厚で、能力的にも高いから大丈夫よ!」


 アンジュとデーアはうちの子が一番と熱弁した。


「お前もあと二年したら学校に入るだろ? そしたら色んな人と出会えるはずだ。先生や友達、もちろん好きな子にもな!」


 ゲニーはそう言い、わしゃわしゃとヴァールの頭を撫でる。


「お父様と父上は、お母様と母上にエーデルシュタイン王国の学園で初めて出会われたのですよね?」


 ヴァールは四人を見つめた。


「いや……正確に言うと違う」

「少し長くなるが、聞くか?」


 ヴァイスハイトが否定し、ゲニーと共に妻との馴れ初めを話し始める。

 

◇ 


 結婚して初めての週末、デーアとヴァイスハイトはアルメヒティヒ家の図書室にいた。デーアの生家であるオラーケル家から持ってきた彼女の書物を本棚に並べるためだ。本当は使用人たちに頼めばいいのだが、本が好きな二人は別に苦になる作業ではなかったし、それに二人きりになれるので所謂二人にとってはデートみたいなものなのだ。


「すごい量だな」

「うん、ごめんね。これでも厳選したのよ」


 大量に山積みされた本を見て、ヴァイスハイトは呆気にとられた。デーアは恥ずかしがり隣で頬を赤く染める。


「まあでも、君の大切なものだ。それを俺の家で保管できるのは嬉しい」


 ヴァイスハイトはにこりと笑う。最近彼の表情筋はある程度動くようになり、微々たる変化ではなくなった。前よりは表情豊かになって気持ちを読み取りやすくなったヴァイスハイトだが、それはデーアの前限定なだけであり、彼の満面の笑みを初めて見た生まれてこの方ずっと一緒にいた弟であるゲニーが驚き過ぎて持ってたカップを落とし割ったことはちょっとした笑い話である。


「ありがとう」


 デーアは目の前の人が自分を大切にしてくれてることに幸せを感じた。そして出来る限り自分も返していきたいと思うのだった。


 本を本棚に整頓していくデーアはある本を手に取る。


「ふふ。懐かしい」

「どうしたんだ?」

「この本、覚えてる?」


 微笑むデーアは、柔らかい表情で聞いてくる夫に対して質問し、本の表紙を見せた。


「ああ。覚えてるよ。俺が君に初めて話しかけたとき、君が読んでいた本だ」

「まさか絵本の感想聞かれるとは思わなかったわ。哲学書や論文、政治経済とかならまだしも」


 デーアは面白可笑しそうにヴァイスハイトを見つめる。


「そうか? この本は確かに絵本だが、人の心理をついていると思う。主人公が何故この結末を選んだのか俺には理解できなかった。君が教えてくれてやっと少し理解出来たんだ。絵本は含みがある分、俺には理解が難しい」


 ヴァイスハイトは少し困った顔をした。人の気持ちを汲むのが苦手なのは自覚してるものの、やはり彼なりにコンプレックスなのだ。


「気にすることないわ。あなたはそのままでいいのよ。苦手なことはあってもいいと思うの。人には得意不得意があるけど、不得意な部分に負けないくらい得意な部分を伸ばしていけばいいのよ」


 デーアはふわりと慈愛の笑みを浮かべる。


「本当に君は女神のような女性ひとだな。無いものより、今あるものを大切にできる素敵な人だ」


 ヴァイスハイトはそう言い、デーアの顎を持ち上げた。キスを求められたデーアは応えようと思い、瞼を閉じようとしたらあるものがひらひらと床に落ちる。


「あ!」


 デーアはすぐ屈んで、落ちた栞を拾った。ヴァイスハイトは自分のキスより栞を優先され、少し不貞腐れた。


「ごめんね。これは……大切なものなの。私の初めての友達からもらったものなのよ」

「いや、いいよ。そんな大切な栞を俺と初めて会話したきっかけの本に挟んでてくれたんだろ?」

「ええ。そうだけど……。改めて言われると恥ずかしいわ」


 デーアの手にある栞をヴァイスハイトがまじまじと見る。


「その友達は俺のお祖母様と面識があったのか?」

「え? どういうこと?」

「栞にアルメヒティヒ家の紋章とお祖母様の象徴の花であるアルストロメリアの花を合わせたデザインの花押が書かれている。君も作っただろう?」


 アルメヒティヒ家の女性はそれぞれ象徴の花が決められる。デーアはヴァイスハイトのきっての願いでユリになった。デーアの自署の代わりに用いられる記号もしくは符合の花押はアルメヒティヒ家の家紋と彼女の象徴の花のユリを合わせたようなデザインである。


「だが……面識があったとしても、あのお祖母様が他人に自分の花押入りの物を渡すとは思えない。俺もこれと同じのを持っていたが、家族にしか心を許さない筋金入りの人嫌いだから書面以外でそんなことをするとは思えない」

「そういえば、結婚式の時も義祖父おじい様はいらしたけど、義祖母おばあ様はいらっしゃらなかったわよね。私なにかしてしまったのかと不安ではあったわ」

「その友達はアルメヒティヒ家の子か? 何歳くらいの子だ?」

「私と同じ年くらいの女の子だったわ。友達と言っても名前も知らないのだけど……でも私にとっては初めてできた友達だわ! ただ、アルメヒティヒ家には該当する子はいないんじゃない?」


 輿入れし、ある程度は家のことを仕切るようになった女主人であるデーアはアルメヒティヒ家の家系図くらいは頭に入っていた。しかし分家を合わせても該当するような子はいない。


「気になるな……」

「ええ。気になるわね……」


 この夫婦は似たもの同士で、一度気になると止まらない。何かしら答えを導きたくなる性格であった。頑固とも取れるが、粘り強い探究心があるとも言える。その性格があっての学力の高さを誇る二人であった。


「なぁ。丁度明日も休みだし、お祖母様の家へ一緒に行かないか?」

「えぇ?」

「君をちゃんと紹介したいし、この件のことも解決したい」

「分かったわ。でも、アンジュ達も一緒でいいかしら? 私だけ義祖母様に紹介してもらうのは何か公平では無い気がするの」

「分かった。ゲニーに言っておく」


 二人は残りの本を本棚に入れ終え、図書室を出た。



「よぉ! 久しぶり! と言いたいが、一昨日城内で会ったな!」

「デーア元気? わぁ! 良い香りがする! 今日の夕食何かしら?!」


 アンジュとゲニーはアルメヒティヒ家のダイニングルームに敷いてある転移魔法陣の上に転移する。この国の魔法使いはポンポンと転移魔法を使える者が多いが、各屋敷など公共以外の個人所有財産に転移するときは法律的に転移魔法陣の上じゃないといけない。防犯上危ないからだ。転移魔法陣には鍵のようなものがかかっていて、所有者が許可しないと魔法陣の外には出られないし、魔法も使えないようになっていた。魔力がけたたましく高い者は例外だが、その代わりそういう者は子供の時から魔法団総帥の監視対象もとい弟子にされ、間違った道にいかないよう教育される。但しそんな子供は殆ど生まれてこないので近年ではゲニーくらいだろう。


「ゲニーも相変わらずで良かったよ。どうだ? オラーケル家には慣れたか?」

「アンジュも元気そうでよかったわ。今日のメインは子羊のロティで、デザートは私特製いちごのタルトよ。私もアンジュを見習ってデザート作ってみたの」


 ヴァイスハイトはゲニーに心遣いの言葉をかける。やはり弟のことは心配なのだ。デーアも食いしん坊の妹が喜ぶと思って腕を振るった。


「ありがとな。皆いい人だから、ヴィーが心配することはないぜ」

「え! スイーツ作るの初めてだよね?! 普通もっと簡単なもの作るのに! でもありがとう! 私が一番好きなケーキ作ってくれるのは嬉しいなぁ!」


 妹と弟は姉と兄の優しさに感謝する。そして四人は夕飯を囲んだ。


「お祖父様とお祖母様のところへ行こうと思うんだ。少し気になることがあるし、挨拶もまだだからな。ゲニーたちも行かないか?」

「僕はいいけど、アンジュはどう?」

「私は大丈夫だよ。そうだね、義祖母様にも挨拶しなくてはとは思っていたから行きたいな」

「じゃあ決まりね。急だけど明日でいいかしら?」


 アンジュとゲニーが目配せし、頷く。


「いいよ。丁度泊まっていくし、思い立ったが吉日だからな!」


 こうして翌日四人は祖母であるシェーン・アルメヒティヒと祖父のヒュプシュ・アルメヒティヒへ会いに行くことにした。


 シェーンたちの家はエーデルシュタイン王国の西地方ののどかな田舎にある。


 屋敷の門の前に転移した四人は門番に話をつけ、中に入れてもらった。玄関ホールにはこの家の家令がいて、夫妻のいる部屋まで案内される。


「おお、お前たちか。結婚式以来だな」


 白髪混じりの初老の男、ヒュプシュ・アルメヒティヒが出迎えた。老いてはいるもの、若かりし頃は相当モテたであろうと思われる渋い色男で、デーアとアンジュは夫が歳を重ねたらヒュプシュのようないぶし銀になるのかと顔を赤らめ鼓動が早くなる。


「あとでお仕置きだな」

「そうだなぁ」


 腕を組み目を閉じるヴァイスハイトと両手を腰に当てニヤリと笑うゲニーは、自分の祖父を見て顔を赤らめた妻を今夜どうお仕置きしようかわいがろうかと考える。


「お祖父様、突然の訪問にもかかわらず温かく迎えて頂きありがとうございます」


 長男で現アルメヒティヒ侯爵であるヴァイスハイトがそう言い、こうべを垂れた。それに合わせて三人もお辞儀をする。


「堅苦しいことは抜きにしなさい。口調も昔のままで良いよ。さぁ、座りなさい」


 ヒュプシュは四人をソファーに座らせた。


「流石に口調は如何なものかと思いますが」


 ヴァイスハイトは困った顔をする。


「ははは! ヴィーよ、そう言えばお前は昔からその口調だったな。ゲニー、お前は昔のままでいいぞ」

「え〜。流石にそれはヤバくねぇ?」

「ははは! ゲニー、もうなってるぞ!」


 三人のやり取りを見て、ふざけるゲニーとヒュプシュをやれやれと見守るヴァイスハイトの相関図が手に取るように分かった。


 デーアとアンジュは目配せし、テレパシーを送り合う。


『外見はどっちかっていうとヴィーに似てるけど、中身はゲニーに似てるわね』

『ゲニー可愛いおじいちゃんになるのかなぁ。ふふ、楽しみ』

『ヴィーだって可愛いわよ? 意外と甘えん坊だし』

『ゲニーも可愛いよ〜。懐くわんちゃんみたいなんだ。ふふ、夜は狼だけど!』

『ヴィーはどっちかって言うと猫ね。主人にだけデレる猫って感じだわ。そのギャップが可愛いのよ。夜は……野獣かしら?』


 まだヴァイスハイトにサディスティックなエッチをされてることをアンジュに言ってないデーアはオブラートに包んだ。


「そちらの綺麗なお嬢さん方がお嫁さんたちかな? 君たちも双子なのだろう? はて、瞳の色と髪質は違うが、あまりにも似すぎてどちらがどちらだか」


 どっちがどっちと結婚したか分からないヒュプシュはまじまじとデーアとアンジュを見る。


「全然違うと思うんだけど? 天から舞い降りた天使のように可愛いのがアンジュだよ」

「お祖父様、俺の知り合いの医師を紹介してあげますので一度眼を診てもらった方がよろしいかと」


 場の空気が凍りついたのを感じたヒュプシュは大笑いをした。


「ははははは! お前たち〝も〟大概だな! これはアルメヒティヒ家の血筋なのかね」


 デーアとアンジュは不機嫌になる夫を落ち着かせ、口を開く。


「あの。私はゲニー様の妻のアンジュと申します。呼び方は義祖父様……でよろしいでしょうか。アルメヒティヒ家の血筋とはどういうことなんですか?」

「私はヴァイスハイト様の妻でデーアと申します。私もそれが気になりますわ」


 何か悪いことでないといいと心配そうにするアンジュとデーアを見てヒュプシュはまたしても笑い出した。


「いやいや、お嬢さん方。心配かけてすまんな。ただ似てるなと思っただけなんだよ。血は争えないなと。なぁ、君たち。この子達からアプローチされて多少なりとも執拗しつこいと感じなかったかい?」

「「執拗い……ですか……」」


 デーアとアンジュは同時に言葉を発する。


「お祖父様、流石に失礼じゃないでしょうか」

「じーちゃん、それはないんじゃねぇ?」


 ヴァイスハイトとゲニーは心外だと言わんばかりに祖父に抗議した。


「思ってないんならいいんだ。確か君たちの馴れ初めは第一王子とその友人が傀儡の魔法をかけられ、その二人に攫われたところを孫たちに助けてもらったのが始まりだろ? 今だから言えるが、それがなかったらどうなってたんだろうな」


 目の前の渋い色男は面白そうに話す。


「確かにどうなってたのか分かりませんわ」

「接点はありましたが、想像がつきません」


 デーアとアンジュは黙り込んだ。


「聞きたいか?」

「ん〜、ちょっと恥ずかしいけど、今更だから話してもいいよ?」


 用意された紅茶を飲みながらヴァイスハイトとゲニーが話し出す。


「どこから話そうか……」

「まず、好きになったときからかな?」

「ああ、そうだな。俺は一年生のときに図書室でデーアに話しかけただろ? 絵本の感想だったが、作者の意図を汲み取った解釈を聞いて、話し方や言葉の選び方が綺麗だなと。それからよく話すようになって、知識量の多さに感心し、周りの人への感謝する心や細やかな優しい気遣いに触れて、無いものより今あるものを大切にできる素敵な人だと思って好きになった。好きな物も似通ってるし、一緒にいて心地いいし、話すようになって半年くらい経った頃にはもうこの子と生涯連れ添いたいと思っていたな」


 デーアはヴァイスハイトが自分を好きになったきっかけを初めて聞いて顔を赤くして俯き悶えた。


「僕はね〜。気になりだしたのは、一年生の第一回目の実技試験でアンジュと決勝戦で戦ったときかな。もう少しで負けるかと思ったくらい強くてさ、気になって魔力数値聞いたら意外に全然僕より低くて。自分の能力に合わせて力を最大限に出せる戦法を使ってるんだって気付いて、純粋に尊敬した。それと、お昼前に購買でパン買えなかった時、お腹鳴らしながら半分あげるって言われて、見え見えの嘘つくアンジュ優しかったなぁ。本当に可愛かった! あとは入学したてから女子の嫌がらせ受けてるの見て、一回助けようとしたんだけどアンジュなんて言ったと思う? 友達だからちゃんと自分で仲直りしたいって言ったんだよ? 普通一方的に意地悪する奴友達だと思えるか? それからも彼女たちに対して誠実な態度を続けたら、段々彼女たちも変わってってね。一見地味で損な事のように感じるけど、粘り強く接せる深い優しさに惚れたね。アンジュのことは僕が一番優しくしたいって思ったんだ。まあ……でもそんな簡単に素直にはなれなくて意地悪して気を引いてたから昔の僕超カッコ悪いな。あ! でも本当に初めて好きになったのは、五歳のときだよ! アルメヒティヒ家主催のパーティーで出会って好きになったんだ。まあ、このとき好きになった理由はあとでアンジュにしか言わないけどね〜。ちなみに僕も二年生に上がる前にはアンジュと結婚したいなって思ってたよ」


 アンジュは両手を顔に当て、天井を向きながら照れて悶える。


「だから、二年生になるころには行動を起こしていた。デーアにちょっかい出す男共は軒並み牽制していったよ。侯爵家という肩書きと、自分ではそうは思わないが人よりも整ってる顔と、筆記試験で誰にも負けたことない学力など自分の持てるカードを駆使した。少し卑怯と言われるかもしれない。だがその程度の牽制で諦めるくらいなら俺がデーアを貰うと思ってやっていた。父上だけには結婚を考えてる子がいるから、時が来たら応援して欲しいと頼んでおいたな」


 ヴァイスハイトはそう言い綺麗な所作で紅茶を飲んだ。


「僕もアンジュがモテるから大変だったよ。まあでも魔法チラつかせながら睨むだけで分かってくれる男共で良かった! 二年になるころには男子生徒全員諦めてくれて、男子生徒の間でアンジュに手を出すと僕が魔法で焼き殺すみたいな噂が流れたらしく、新入生も恐れてアンジュに近寄らなかったのは幸いだな〜。そして少しづつアンジュとも会話できるようになって、そろそろ周りを固めていこうと思って父上と母上にはアンジュと結婚したいこと伝えてたよ。あの事件がなくても、結婚申し込んでたね」


 ゲニーは照れて頬を染めながら、皿に盛ってあるクッキーを頬張る。


「ははは! ほら、私の孫たちはそうとう執拗いだろ? 君たちが今これを聞いて逃げたいと思っても、もう遅いので諦めなさい。浮気なんぞしたら命が幾つあっても足りないな」


 ヒュプシュは冗談交じりに話すが、些か冗談で終わらない気がするデーアとアンジュは空笑いをした。


「逃げたいとは思いませんわ。確かに驚きはしましたけど、ヴィーがどれだけ好きでいてくれて、プロポーズしてくれたかが分かって良かったと思います。浮気は多分無理ですわ。物理的にもですが、心情的にも浮気したいとは微塵も思いません」


 デーアは若干照れながら、そのライトグリーンの瞳はヒュプシュのラピスラズリの瞳を見つめる。


「私も今日知れて良かったです。あんまりこういうことする人じゃないと思ってたんですけど、そんなゲニーも好きだなぁって思えるので……。えへへ。普通そんなこと言われたら引くと思うんですけど、全然嬉しいしかなくて。寧ろ浮気はされないように頑張ります」


 アンジュは顔を赤く染めながら、両手で拳を握り胸の前でガッツポーズをした。


 ある程度は引かれたり、嫌がられるかと覚悟をしていたヴァイスハイトとゲニーは、妻の意外な言葉を聞いて愛しさが込み上げてくる。


「あはははは! これは失礼した! ちゃんと孫たちが君たちに愛されていて安心したよ」


 可笑しそうにヒュプシュは大笑いをした。そして後ろを振り返り、ある一点を見つめた。


「もう出てきたらどうかい? 彼女たちの人となりは知っただろう? 大丈夫、怖がることはない」


 ガタッという音がし、奥にある誰も座ってなかった椅子が動いたと思うと、段々と人の影が見えてきて、そこには白髪混じりの初老だがまだまだ美しさが残る品の良い女性が現れる。


「失礼しましたわ。初めまして。ヒュプシュの妻のシェーン・アルメヒティヒと申します」


 眼光鋭いシェーンはギロリとデーアとアンジュを睨み付けた。


「お初にお目にかかります。先日ヴァイスハイト様へ嫁いだデーア・アルメヒティヒと申します」

「先日ゲニー様と婚姻を挙げさせて頂きましたアンジュ・オラーケルと申します。ご挨拶遅れまして申しわけありません」


 デーアとアンジュは綺麗な所作でお辞儀をする。


「君たちすまないね。悪気は無いのだが、極度の人見知りと些か鋭い目をしていてね。私はとても可愛いと思うのだけど、人によっては嫌がる方もいるのは事実だ」


 シェーンは眉間に皺を寄せギロリとヒュプシュを睨み付けた。


「ああ、可愛いよ。もし死ぬなら君の視線に焼き殺されて死にたいな」


 睨まれたのににこにこと喜ぶヒュプシュを見て、デーアとアンジュはなんて反応したらいいか分からなくなる。


「大丈夫だ。いつものことだから。お祖父様はお祖母様のことを何よりも愛してるんだ」

「睨まれて喜ぶの、僕は理解できないんだけど……。アンジュ、今度睨んでみてくれない? ちょっとは分かるかもしれないから」


 シェーンがヒュプシュの隣にそっと座り、夫が入れてくれた紅茶を飲む。そしてデーアとアンジュを睨み付けて口を開いた。


「孫たちの言うことは信じてあげたいので、あなた達が悪い人ではないことは多少なりとも分かりました。ですが……あなた達が孫たちに相応しいかどうかとは別物ですわ」

「ちなみに極度のツンデレだから誤解されるけど、翻訳すると『とてもいい子たちで良かったわ。至らない孫たちですが、よろしくお願いします』だから安心していいよ」


 シェーンは少しばかり頬を染め、ヒュプシュを睨み付ける。


「彼女はこんなだから誤解され人嫌いと言われてしまうが、本当は心根の優しい女性なんだ。せっかく家族になったんだ。君たちにも誤解されたら悲しいからね」


 デーアとアンジュは微かに頬を赤く染める、目の前の眼光鋭い気品のある老婦人を見て、純粋に可愛らしいと思った。孫であるヴァイスハイトとゲニーも今まで人嫌いだと思っていた祖母が、ただの不器用な人だと知り腑に落ちる。孫である彼らに優しく、使用人に対しても一見冷たい態度をとるが、決して意地の悪い嫌がらせをしたことはなく、影でフォローしてるのを知っていたからだ。


「デーア、ありがとう。君のお陰でお祖母様のことを知れた」

「アンジュ、ありがとな。やっぱり君は僕に幸せをくれる天使だね」


 夫にお礼を言われたデーアとアンジュは少しこそばゆくなる。


「ところで……。お前たちのことだから、ただ挨拶に来た、という訳では無いのだろう?」


 ヒュプシュがゲニーにそっくりなニヤリという笑みを浮かべた。


「流石お祖父様。はい、少々お尋ねしたいことがありまして」


 ヴァイスハイトは満足気な表情をした。アンジュとゲニーは何のことだろうと疑問に持つ。


「お祖母様、これに見覚えはありますでしょうか?」


 そしてソファーの前のローテーブルの上に例の栞を置いた。


「あるわよ。これは昔ろくに本も読まないヴィーとゲニーに本を読んで欲しくてあげたものだわ。ちゃんとまだ取っておいたのね」


 シェーンは何をと言わんばかりに淡々と語る。


「え? ヴィーはろくに本も読まなかったんですか?!」


 世界中の書物を漁る程読書家で知られるヴァイスハイトが本を読まなかった子であったことにデーアは驚愕きょうがくした。


「ああ。俺は五歳までは特に本は好んで読まなかった。だが……俺にとって初めてできた大切な友達に本の良さを教えてもらってからは貪るように読むようになったんだ」

「そうなのね……」


 夫の新たな一面を見て、デーアは嬉しくて微笑む。


「お祖母様、この栞を他の誰かにあげてないでしょうか? デーアがこの栞を持ってたんです。彼女は同じ年くらいの女の子に貰ったと言ってます」

「いいえ。この栞はヴィーとゲニーにしかあげてませんわ。花押はサインと同じなので、むやみに人にこの様な形で渡しません。二人が読書家になるよう、この花押に願いを込めたのです」


 意外な答えにヴァイスハイトは黙り込む。そして今迄忘れていた記憶が鮮明よみがえってきた。


「いや……でもあの子は男の子だったはずだ。まさかあの子も俺と同じだったのか?!」


 一人頭をめぐらすヴァイスハイトをデーアは心配そうに見つめる。


「デーア。五歳の時、アルメヒティヒ家主催のパーティーに来なかったか?! それで君は男装してパーティーに出た、違うか?」


 夫に凄い剣幕で迫られ、デーアは狼狽えた。


「ええっと……。どこの屋敷か分からないけど、確かに私は男の子の格好をしてパーティーに出たことがあるわ。そうよ! その時なの、その友達に栞を貰ったのは!」


 デーアも薄ぼんやりとしていた記憶が鮮明になる。


「ああ、あの伝統の催し物だね。私も長子だったから、昔一度女の子の格好をさせられたよ」

「じーちゃん、どういうこと?」


 ヒュプシュが面白そうに笑い、ゲニーは意味がわからないと尋ねた。


「エーデルシュタイン王国では、貴族の長子は五歳のときに、その年の主催である貴族の家のパーティーで性別と逆の格好をして出ないといけないんだ。しかも親と直属の使用人以外にはそれを隠して扮装するんだよ。可愛い我が子をこの世界の女神様に取られないように騙すためにね」


 ヒュプシュは孫たち四人にウインクをする。


「知らなかったです!」

「僕も初めて聞いたよ?!」


 アンジュとゲニーは初めて聞く伝統を聞き、寝耳に水であった。


「大体長子を授かって出生届を出した時知るからね。子が生まれない夫婦に話しても野暮だろう?」

「つまり……私の初めての友達がヴィーだったの?」

「ああ。俺が本を読むきっかけになった、大切な友人がデーア、君だったんだな」


 デーアは目を潤ませて夫を見つめ、ヴァイスハイトも柔らかい笑みを浮かべて妻を見つめる。


「流石にちょっとじーちゃんたちの前じゃヤバいから二人ともストップなぁ〜」


 二人は珍しく気を利かせるゲニーに諭され、ハッとし我に返った。


「ヴィー、お前の謎は解けたか?」


 ヒュプシュは顎に生えてる髭を擦りながら、ヴァイスハイトに優しく微笑む。


「はい。予想以上の結果で、驚いてます」


 いつもは表情筋が動かないヴァイスハイトは嬉しそうに笑った。



「ってか何? 僕たちはヴィーたちの馴れ初め聞かされただけかよ」

「デーアもヴィーとあのパーティーで会ってたなんて、何か運命感じちゃうね! 私もゲニーとそのパーティーで初めて会ったんだ!」


 帰宅した四人はリビングのソファーで紅茶を飲みながら雑談する。


「で、そのとき会って好きになったって訳?」


 ゲニーはにやにやと兄夫婦を揶揄う材料を見つけ面白そうに笑った。


「いや、あのときは男の子だと思ってたから恋愛感情はない。友人として好意を抱いた」

「私もよ? まさかあんな可愛い子が男の子だとは思わないもの」


 弟に揶揄われたのに真面目に返すあたり、流石ヴァイスハイトとデーアである。

 

「え〜。超つまんねぇ。てっきり僕たちみたいに初めて会ったとき恋をしたんだと思ったのに」

「別にデーアは初恋だが?」

「何か問題でもあるのかしら?」

「ゲニー、この二人はその手の揶揄いは通用しないと思うよ」


 アンジュは夫の揶揄いが失敗したのを見てやれやれとため息を着いた。


「あのときはありがとうね。本を読んでて……えっと……まあ……」

「そうそう、御手洗に行きたくなったんだよな。それでどこまで読んだか分からなくなるのが嫌で本を抱えながら泣きそうになってるのを俺がみつけて声をかけた。私室までそんな遠くなかったから栞を取ってきて君に渡したんだ」

「ヴィー!!」


 意外と天然でときたまデリカシーにかける夫の腕を赤面するデーアがぽかぽか殴る。


「先程やっと鮮明に思い出した。学園で君と初めて話したときどことなく懐かしい感じがしたよ。本当に初めて会った五歳の頃の俺は……まあ今だから言えるが、劣等感の塊だった。弟のゲニーが近年稀に見ない魔力の持ち主で、それなのに俺は何も持ってなくて。そんなとき御手洗に行くときでさえ本を手放すことを躊躇う君に出会ったんだ。そのとき君は『本はとても素敵なのよ。本を読めば他人が経験したことも自分が経験したように体験できるの。ヒーローにだって、お姫様にだって、学者にだってなれるんだから!』って俺に言ったんだ。何者にもなれない俺でも、本を読めば誰かになれる気がして、それから本を貪るように読むようになったんだ」

「そうだったのね……」


 今は誰にも負けないくらい高い学力を持つ、他者から一目置かれる夫の幼いときの葛藤を聞き、デーアは胸が締め付けられるほど切なくなった。


「本を読んでいくうちに勉強も得意になっていって、俺にはこれがあると思えるようになって、更に勉強を頑張るようになった。知識を増やすことも楽しかったし、何よりその友人に恩を返せる気がしたんだ……」


 ヴァイスハイトは目尻を下げ、デーアを愛おしそうに見る。


「……ふーん。僕は逆だったね。魔力が高いからってなんなんだよ、使いこなせないなら宝の持ち腐れだって影で言われていてさ。別に好きで魔力高く生まれたわけじゃないし、悪いことしないかって始終監視されてたし。魔力高過ぎるのは別にいいものじゃないって思ってた。でも……あの子が、アンジュが僕のまだ拙い魔法を見て目を輝かせながら喜んでくれて。アンジュの為に魔法とも言えない、おまじないのような魔法を初めて作って……自分の魔法は人の為になるんだなって。人を笑顔にできるって嬉しいなって思って、初めて魔力が高くて良かったと思ったんだ」


 ゲニーははにかみながらアンジュの頬に右手を添えた。アンジュも自分の両手をゲニーの右手に添え、涙を浮かべながら笑う。


「僕は君に救われてばかりだ……ねぇ、どうしたら君に返せるかな?」


 アンジュはフリフリと頭を左右に振った。


「私はね、ゲニーの隣で、あなたに愛されてるだけでもう幸せだから。それだけでいいの」

「君は欲がないね。やっぱり天使なんじゃない?」

「そうかしら? 結構欲は深いわよ?」


 二人は互いを愛おしそうに見つめながら破顔する。


 夕飯も取り終え、四人は二手に分かれてそれぞれの寝室に入った。これから夫婦の愛の営みに入るのだ。



 デーアはヴァイスハイトと自分たちの寝室に入る。寝着に着替えようと、クローゼットの前まで歩き扉を開けようとしたら、後ろからヴァイスハイトに抱きしめられた。


「ヴィー、まだダメよ。寝着に着替えなきゃ。ヴィー! 聞いてるの?!」


 注意してもなお抱き締め続けるヴァイスハイトに、デーアは困ってしまう。


「……君が愛おし過ぎて、頭がおかしくなりそうだ。今夜は手加減できないから、そのつもりでいろよ」


 夫の宣戦布告にデーアは期待してしまい、顔を真っ赤にした。


「どうせ脱ぐんだ。何着てても変わらない」


 デーアをひょいとお姫様抱っこし、ベットまで歩き優しく下ろす。


 ヴァイスハイトは自身の服を脱ぎ、デーアの着ているドレスを手慣れた様子で脱がして、上下の下着姿にした。黒い生地に同じ色のフリルをあしらった上の下着は大事な突起の部分に布がなく丸見えで、下の下着も布というより紐に近くこちらも大事なところが隠されてないデザインだった。


「……前言撤回する。その下着いいな。凄くそそられる。だが、こんなエロい下着を着てお祖父様たちに会ったのか? 許せないな、躾しなおさないといけない」

「流石にこの下着で義祖父様たちに会いには行かないわよ。遠出して汗かいたから、夕飯前にお風呂へ入ったとき着替えたのよ」


 いつもは一緒にお風呂へ入るデーアとヴァイスハイトだが、週末妹夫婦と交互にお互いの家で過ごすときは姉妹、兄弟で入るのがいつものパターンである。デーアとアンジュはこのバスタイムにお互いの惚気を言い合うのがお決まりになっていた。


「それでもさっきまでゲニーの前でこの下着姿になってたんだろ? 困ったな、淫乱過ぎて躾ても躾足りない」

「語弊がある言い方しないで! ゲニーやアンジュの前ではちゃんと服着てたわよ!」


 デーアが言い返すと同時に、ヴァイスハイトは彼女の両手首をどこからか出した紐で縛る。デーアは何が起こったか分からないと動揺してる隙に彼女の両膝を折り、足首を鼠径部とともに縛り上げた。身動き取れなくなったデーアを仄暗い笑みで見つめ、耳元で囁く。


「目隠しして犯されるのと、そのまま犯されるのどちらがいい?」


 羞恥でぶわっと顔の血流が良くなり真っ赤なトマトのようにデーアは顔を赤らめた。そして目を泳がせ暫し考えおもむろに口を開く。


「目隠しして犯される方で……」

「ああ、君ならそう言うと思ったよ」


 ヴァイスハイトは身動き取れなくなったデーアの髪を一掬いし、キスを落とした。そしてデーアを布で目隠しする。


 デーアは視界が真っ暗になり、耳に聞こえる音や肌に触れる触感、匂いの感覚が研ぎ澄まされた。


 縛られた両手首を掴まれ、頭の上に持ち上げられる。ゴソゴソと縛る音がし、何かに固定されたのが分かった。

 

 デーアの左頬に右手を添えたヴァイスハイトは、添えた手をつーっと、顎、首筋、胸、腹と段々と這うように下ろしていく。


 ゾワゾワする感覚に軽くイかされるデーアの薄桃色の泥濘ぬかるみからはトロトロと愛液が溢れていった。


「ふっ。いいな。デーアのおまんこがだらだらと甘いヨダレを垂らしてるのが丸見えだ」


 ヴァイスハイトはエロくて官能的な下着姿で感じてる妻を恍惚な表情で見つめる。


 そしてデーアの脚を開き、淫猥な香り立つ泥濘に顔を埋めた。指で秘所を左右に広げながら舌を器用に使い秘芽をぐにぐにと嬲り、皮をく。皮が剥けた豆をちゅううと吸い上げた。


「あああ!!」


 目隠しされていても何をされてるのか想像出来るデーアは夫の口と舌でイかされてしまう。


 はあはあと荒い息をしながら絶頂の余韻に浸り体をぐったりさせる妻を休ませるつもりはなく、デーアのとろとろに溶けた果肉をぺちゃぺちゃぢゅるぢゅると音を立ててすすりながら指をちゅこちゅこと抽挿させた。


 愛液をお尻の方まで垂れ流して、思ったように動かせない身をよじりながら嬌声をあげるデーアはとても扇情的で、ヴァイスハイトの男の主張を今にもはちきれそうな程、太く大きくさせる。


「ヴィー、あ、んん、あん! ヴィー、もう、きて。お腹、キュンキュン、してつらいの!」


 早く挿入れて欲しいと愛しい妻にお強請りされ、ヴァイスハイトは胸の奥がぞわぞわとする仄暗い感覚を覚えた。愛しい気持ちと、ぐちゃぐちゃに壊してしまいたい気持ちがせめぎ合い、頭がクラクラする。目は座り、不敵な笑みをうべた。

 

 そして己の硬く大きくなった肉棒を、愛しい妻のどろどろに蕩けた果実へ一気に挿入れる。


 どちゅんと子宮口まで一気に入れ、ポルチオをグリグリと犯した。激しくするだけではなく、のの字を書くように己の欲棒で撫でたり、トントンと優しく刺激を与えたり、じわーっと子宮口を押すように犯す。


「デーア、子宮口降りてきたぞ。俺の子を孕みたいってキスしてくる」

「あん、ああ! ヴィー、こっちにも、キスして……」

「ああ、キスしてやるよ。キスハメでイキ狂え、デーア」


 二人は深く貪るようにキスをしながら激しく目合まぐわった。


「んんん――!!」


 そしてびゅくびゅくとヴァイスハイトに腟内なか出しされた瞬間、デーアも一番の絶頂を迎える。


 目隠しを外され、手足の拘束も解かれたデーアはヴァイスハイトの腕の中でぽーっとした。夫に今迄で一番と言っていいほど激しく抱かれ、自分が自分じゃないと思うほどイかされたのだ。恥ずかしいという気持ちと、またして欲しいという渇望とがせめぎ合う。


 そんな彼女の気持ちが手に取るように分かったヴァイスハイトは優しく微笑みキスをした。


「また犯してやるから、安心しろ」

「うん……。また、してね」

「ああ。君を孕ませるまで、いや孕ませてからもずっと一生君を犯すから、覚悟しろよ?」

 

 耳元でそうヴァイスハイトの低い落ち着いた声で囁かれ、デーアはまたしてもお腹をキュンキュンとさせたのだった。

 


 ダイニングルームを出たアンジュとゲニーはある部屋に入る。以前ヴァイスハイトとゲニーの子供部屋として使っていたその部屋は、今は家具などの配置も変えられアンジュたちが週末泊まりに来るとき用の寝室になっていた。


「あっち向いていてね」

「え〜、まだダメなの? 恥ずかしがることないのに。僕アンジュの体で見たことないところないよ?」

「気持ち的な問題よ」


 寝着に着替えるからあっちを向いていてと夫に言ったアンジュは、念の為にクローゼットの横に備えておいたカーテンレールを引き、その中で着替える。


「お待たせ。ゲニーも着替えた?」


 シャーっとカーテンレールを開けアンジュがゲニーの前に現れそう言った。


「うん、着替えたよ?」


 そこにはガウン姿のゲニーが立っていた。胸元までひらけていて、先日入団した魔法団で鍛えられてるのか前よりも硬い胸筋がチラリと見える。全体的に前より逞しくなった目の前の美丈夫を見て、アンジュは体の芯が火照っていくのを感じた。


「あれ〜? 僕の体見て感じちゃったの? アンジュってやっぱエロいよね」


 にやにや面白そうな顔をする夫に見透かされ、アンジュは顔が赤くなるのを感じる。


「は、早く寝よ? 遠出したし疲れたでしょ?」


 ゲニーの背中を押し、ベットまで行かせた。ベットの上に腰を下ろしたアンジュは隣に腰を下ろした夫に押し倒される。


「その寝着可愛いね。白はアンジュに似合うよ。それに……とっても脱がしやすくていい」


 ホルターネックの白いワンピース状の寝着は首の紐を解けばすぐ脱げるようになっていた。スルリと脱がされ、アンジュは白いレースがあしらわれた上下の下着姿になる。


「は……? ちょっとアンジュ……どういうこと? 何このエロ過ぎる下着! 隠さなきゃいけないところが全く隠れてないじゃん!」


 ゲニーは姉と色違いの官能的な下着を着たアンジュを見て、驚いて膝立ちになり、顔を真っ赤にして口に前腕を当て、視線を外した。


 まだまだ初心な夫を見てアンジュは愛おしさが込み上げてくる。


「ゲニーが喜んでくれるんじゃないかって思って、今日デーアと色違いで買ったんだ」


 祖父母の家からすぐアルメヒティヒ家に転移しようとしたが、アンジュとデーアが街で買い物がしたいと言い、せっかくなので祖父母の家から最寄りの比較的大きな街で買い物をしてからアルメヒティヒ家に転移したのだ。


 まさかこんな下着を買ってたなんて露程も思わなかったゲニーは目の前でどうだと言わんばかりに微笑む妻を見てため息をつく。


「え……? ダメだった? やっぱり変かな……?」


 アンジュは愛する夫にため息をつかれ、予想を裏切り嬉しがられなかったことに残念がった。


「ダメじゃないし、変でもないよ。寧ろ変なのは僕の頭だ。あんまり予想外に可愛くてエロいことされると、君のこと大切に扱えなくなるからやめて? 僕は君のことは大切にしたいんだ。このままだとめちゃくちゃにしてしまいそうだから、ちょっと頭冷やしてくる」


 ベットから降りようとしたゲニーにアンジュが思いっきり抱きつきそのまま押し倒す。


「待って! めちゃくちゃに……していいんだよ? ゲニーになら……うんん、ゲニーにめちゃくちゃにして欲しいの。好きにしていいんだよ? だって私はゲニーのものでしょ?」


 アンジュは目を潤ませ、夫に懇願した。


 ゲニーは上半身を起こし、妻の頬に手を添える。


「意味分かって言ってる? もう僕なしでは生きられない体にしちゃうってことだよ?」

「ゲニーこそ分かってないんじゃないの? もう私はあなたなしじゃ生きていけないわよ。心も、体も、あなた色に染めて?」


 二人はゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねる。ちゅっちゅっとリップ音が静かな部屋に響き、それは段々厭らしく絡まるような水音に変わった。荒い呼吸をしながら互いがひとつに溶けるように口付けをしていく。


 唇が離れ、二人の銀の橋がかかった。ゲニーはアンジュを組み敷き、妻の左の乳房ちぶさを自身の右手で揉みしだく。アンジュのボリュームあるそれは夫の男らしいゴツゴツとした大きな手ですら沈み込ませる程の大きさで、ゲニーはその触り心地を楽しんだ。左手も使いアンジュの両胸の形をむにむにと変えていった。


「ん……。んん。……ねぇ、本当にゲニーっておっぱい大好きだよね。私のおっぱいが小さくても私のこと好きだった?」

「はぁ……。すごい愚問をしてるって分からないの? 確かにアンジュの大きい胸大好きだし、ずっと触っていたいけど……」


 ゲニーは妻の両胸を掬い上げ、ぷっくりと尖った薄桃色の先端を二つ口に運び入れちゅううと吸い上げる。アンジュはビクビクと打ち上げられた魚のように達してしまった。


「僕がアンジュを好きになったとき、君は今より胸は小さかったし、こんな大きくなるとも思ってなかった。今は巨乳だけど、昔は真っ平らだったよね? 凹凸がまるでなかったのを覚えてるよ。だから! 僕は胸が大きい女の子を好きになったんじゃなくて、好きになった女の子の胸がたまたま大きくなっただけだよ? そこんとこよろしくね?」


 アンジュは達して真っ白になった頭で微かに返事をする。


「だから、例え小さくても大きくても、アンジュの胸が大好きだよ。小さくても僕が育てればいいだけだし? あ〜、ちっぱいのアンジュの胸も可愛がりたかったなぁ〜」


 そう言いながら休むことなく妻の胸を揉みしだいたり、嬲ったりして虐めていった。


「分かった?」


 念を押したゲニーはアンジュの薄桃色の突起に歯を当て噛み付く。


「――!!」


 声にならない嬌声をあげ、アンジュはまた達してしまった。


「すっご……胸だけでこんなにおまんこドロドロにしてる。シーツびしょびしょじゃん」


 ゲニーは荒い息遣いで呼吸しているアンジュの両膝を左右に開く。


「えっろい匂い……頭くらくらしてくるよ。今日も味わわせてもらうからね、アンジュの甘い蜜」


 妻のドロドロに溶けた薄桃色の泥濘に顔を埋め、ちゅうちゅうぺちょぺちょと愛蜜を啜った。


「あっ! やっ! んんん!」

「ダメだって、足閉じないの。開いて」


 アンジュはゲニーの頭を手で押し上げ、足を閉じようとしてしまう。そんな妻の抵抗を簡単にも抑え込み、そして指をとろとろの果実に抽挿していった。淫猥な水音を作りながらゲニーはアンジュの秘芽をぐにぐにと嬲りながら、ちゅこちゅこと妖花を犯していく。


「あっ、んん! ダメ、もう、んん!」

「何がダメなの? もっとイっていいんだよ?」

「あっ!! んんん――!!」


 アンジュは涙を流しながら、潮を吹いた。潮はゲニーの顔にビチャりとかかる。夫の顔をびちょびちょにしてしまったアンジュはやってしまったと青ざめた。


「愛液とはちょっと違う味する……。でもこのアンジュの味も好きだな」


 自分の顔にかかった妻の潮を手の甲で拭きそれをペロリと舐め取りながら照れた様子で微笑む。愛おしそうに舐める様を見て、アンジュの熟れた果実は更に甘い蜜を垂らし、下腹部はキュンキュンと締め付けるように切なくなった。


「もういいかな?」

「うん……。挿入れて? 一緒に気持ちよくなろ?」

「あんまり可愛いこと言うと、本気で孕ませたくなるんだけど」

「うん……。孕ませて? ゲニーの赤ちゃん欲しいよぉ」


 ガバッとゲニーがアンジュに覆いかぶさり、深いキスをする。唇が離れたかと思うと、自身のそそり立つ硬く大きな肉棒を妻の泥濘に突き刺した。最奥をいきなり責められ、アンジュの息が一瞬止まり、たわわな胸がブルンと揺れる。キスをされながら深層部を執拗に責め立てられた。また緩やかにぐるりぐるりとねっとりとされたと思ったら、小刻みに行き止まりをノックされる。そしてぐーっと押され、じわじわと深い快感がアンジュを襲う。


「アンジュ可愛い。赤ちゃんのお部屋降りてきたよ? 僕のおちんぽミルク飲みたい飲みたいってちゅうちゅうキスしてくる。今夜孕んじゃうね? 僕のあ、か、ちゃ、ん」

「――――!!」

 

 ゲニーに耳元でそう囁かれ、感じたことがない程脳みそが真っ白になりチカチカと星が降った。これまでの絶頂を超える程の快感がアンジュを襲い、全身がビクンビクンと何度も痙攣する。呼吸もままならない程イってる妻を見て、ゲニーは満足そうに、そして愛おしそうにアンジュを見下ろした。


「今飲ませてあげるから、もうちょっと頑張ろうね」


 ゲニーは更に抉るように何度もアンジュの最奥を責め立てていく。段々と余裕がなくなっていく表情になり、とうとう最愛の妻の腟内なかに己の白濁としたものをびゅくびゅくと出した。夫の吐精と共にアンジュも絶頂する。


「大好きだよ、アンジュ」

「私も……大好きよ、ゲニー」


 はあはあと息絶え絶えする夫婦はお互いの存在を確かめるように抱き合い、深い眠りに包み込まれた。



「つまり、お父様と父上は、五歳の時お母様と母上に出会われたんですね!」


 両親たちの馴れ初めを聞いたヴァールはキラキラとした瞳で四人を見る。


「どうだ〜? 羨ましいか? お前の運命の人はどんな子だろうな?」

「きっとお前が選ぶんだから良い子だろうな」


 ゲニーは揶揄い、ヴァイスハイトは微笑みながらヴァールの頭を撫でた。


「きっと……可愛くて、素直で、優しい、世界一素敵な女の子ですよ」


 ヴァールは目を伏せて少しばかり頬を赤く染める。

 

「え? お前好きな子いんの? え? 誰誰? 教えろよ〜!」

「いません! もし例えいても言いませんから!」

「ゲニー、あんまりヴァールを揶揄うな」


 ゲニーに揶揄れ、ヴァールが顔を真っ赤にした。ヴァイスハイトはやれやれと溜息をつき、息子を援護する。


 その夜、ゲニーとヴァイスハイトがいる執務室に呼ばれたヴァールは、二人に何やら小さな包み紙を渡された。開けてみろと言われ、ヴァールが包みを開けると、液体が入っている小瓶が現れる。


「何ですか? これ」

「何だと思う?」


 ゲニーに何だと思うかと聞かれ、全く検討もつかないヴァールは首を傾げた。


「お前がもし膣内射精しても、相手の女性が妊娠しないようにする薬だ」

「ちつないしゃせい……? にんしん……?」


 ヴァイスハイトに専門用語を並べられ、ヴァールは一瞬よく分からなくなったが、やっとこの前から始まった閨教育での授業を思い出す。


「やめてください! 僕には必要ありません!」


 顔を真っ赤にして小瓶をゲニーに押し付け返すヴァールを見て、ヴァイスハイトがピシャリと言い放った。


「確かにこの国は他国と違い婚前交渉が推奨されていない。更に王族は国民の手本となるように婚前交渉が絶対禁止とされている。そんな王族であるお前は本当はこんなもの必要ないし、必要とする場合が起こる方が問題だ。だが……」


 そしてゲニーは優しい目でヴァールを見つめ口を開く。


「規則を守れない時も来るかもしれない。その時はこれを使え。望まぬ妊娠は相手の子にも悪いだろ? 子供はちゃんと責任取れるようになってから作れよ!」


 あははと明るく笑う叔父と真面目な顔をして頷く父親にほとほと呆れるヴァールは一応そのプレゼントを受け取ることにしたが、彼がそれを使うことなく机の引き出しの隅で眠らせてしまうのは誰も知る由がなかったのだった。

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