第28話 慶太君にはわからないよ


「慶太君…。何でここに…。」


 慶太君の体、隅から隅から汗が吹き出している。

 そして目が潤んでいる。


 私は察した。

 お兄ちゃんがまた余計なことをしたのだと。


 まだ正直慶太君には話したくなかった。

 体調のことで心配させてしまったら申し訳ないから。

 いやもうさせてるとは思うけど…。


「夏菜子…。体調は大丈夫なのか…。」

「うん。まあ何とか。」


 私は無駄に元気に振る舞う。


「お兄さんから聞いたよ。」


 そりゃそうだよね。正直本当に言って欲しくなかったんだけど。


「本当なの…?」

「うん…。残念だけどね。」

「俺になんかできることって…。」

「ないかな…。」

「でもじゃあ今週のライブは中止だよね。」

「やだなあ大袈裟だって。」

「いやいや体は大事にしないと。」


 慶太君はすごく心配してくれている。

 でもだんだん腹が立ってきた。


 どこかお兄ちゃんと同じように見えてきて…。


「治ったらまたライブしようよ…。」


 無責任で…。

 治るなんて保証なんかどこにもないのに…。


「ねえ。」

「なに?何でも言って。何でもするから。」

「無責任なことしないで。」

「え?」

「治るなんて保証なんかどこにもないじゃん。」

「でも治ると思ってないと治らないよ。」

「何いってんの…?いい加減にして。治らないの私は。」


 声帯をとらないといけないなんて…。

 私は夢を失うんだから…。

 その心の傷は絶対治らないんだから…。


「でも。それでもだよ。」

「未知のウイルスなんだよ…。治らないって。」

「やってみないとわからないでしょ。」

「もう嫌い!」


 私の怒りは最高峰に達した。


「お兄ちゃんにそっくり。無理に私のこと元気づけようとして…。何も私の気持ち考えてない。」

「考えてないわけないでしょ。何としてでも夏菜子のことを元気づけたいんだから。」

「それが迷惑なの。元気づけようとして私を傷つけている…。そんなのもわからないの?」

「ごめん。」


 私の周りの人達は優しいけど無責任すぎる。

 私の気持ちを一切考えてくれていない。

 元気づけよう元気づけよう。


 これしか考えてない。


「もう1人にして欲しいのに…。いい加減にしてよ。」


 そういうと私は家に帰った。


 ―――――――――――――――――


「夏菜子…。」


 自分の何もできない無力さに絶望する。


「ごめんね。夏菜子…。」

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