第七話 晴明は光栄と相対し、道満は鬼神に礼を尽くす

 ――ああ、あの晴明も落ちぶれたものよ――・

 鬼神を逃した上に――さらに犠牲者を増やしてしまうとは――。

 これは――もはや……、晴明様も終わりでございますな……。

 やはり――光栄様こそが、陰陽道の全てを継承すべきお方でしたな――。


「フン――」


 どのような感情を抱いているのか? 賀茂光栄は、人々に広がる晴明に対する話を無表情で聞いていた。

 三度の連続吸血殺人が始まって早八日――、昨日には、晴明に対して鬼神退治の命が三度下され、それこそが晴明に下される最後の審判であるとも噂されていた。

 光栄はいつのように内裏で仕事をこなし――、そしていつものように邸宅への帰路へつく。


「愚かな――……、ここまでか」


 牛車に揺られて、何ともなしに呟く光栄の顔に宿るのは――。


「フン――俺にはもはや関係のない話だ」


 そう呟く光栄の視線の先、自身の邸宅の入口によく知る人物を見た。


「――どういう……つもりだ?」


 その人物の顔を見て、光栄は眉根を寄せて考える。なぜなら――、


「やあ……、お仕事ご苦労さまでしたね? 光栄――」

「――晴明」


 邸宅前に牛車が止まり、それに向かって晴明が声をかける。光栄は困惑の表情で晴明を見た。


「貴様――、こんなところで何をしている?」

「いや? 少々、ここらに寄る用事があったので――、久しぶりにと尋ねただけですよ」

「馬鹿な……、貴様は今の自分の立場が――」


 その光栄の言葉に、満面の笑みで晴明は答える。


「おや? 私の心配をしてくださるのですか? ありがたいですねぇ光栄――」

「む――」


 その晴明の言葉に顔を歪ませる光栄であったが――、襟を正して言葉を放った。


「フン――、心配などするか……。愚かな貴様が、自身の愚かさで堕ちるだけの話――」

「――はは、その通りですね。本当に――」


 そう言って朗らかに笑う晴明を光栄は憎々しげに見つめた。


「――お前は――いつも」

「なんです?」

「――……」


 一瞬怒りに駆られる光栄であったが、すぐに表情を正して答えた。


「で? 俺に何か話があるのであろう? このような場所ではゆっくり話も出来まい?」

「あはは――そうですね。御屋敷にお邪魔してもよろしいか?」

「勝手にするがいい――」


 光栄は牛車から降りて邸宅の門をくぐる。晴明はその後に静かに続いた。

 屋敷に入ってすぐの一室に、腰を落ち着けて話を始める二人。――晴明はいたって朗らかに、光栄は詰まらぬというふうで相対する。


「ふふ――、最近はいろいろあって光栄の屋敷も足が遠くなってしまっておりましたが――」

「フン――、お前と俺の間柄では――な」

「そうですか? 昔は”晴明――晴明――”とよく呼ばれて――、一緒に遊んでおりましたが」

「それは俺が――子供の時分であろうが……、いまさら――」


 光栄は一瞬顔を歪ませて――そして、少し寂しげな表情をした。


「もはや俺は子供ではない――、いろいろ知って――そして知りすぎてしまった……」

「そうですか? 私にとっては――今でもあなたは……、とても純粋な――」

「馬鹿を言うな――、私は……、純粋さなどとうに失っておる――」

「――」


 晴明は少し笑みを消して、ため息をつく光栄を見つめた。


「――だから……、私の事もお嫌いになってしまわれたと?」

「――ふ」


 その晴明の言葉に光栄は小さく笑う。


「愚かだな晴明――、本当に愚かだ……。そもそも俺とお前の間で――好いも嫌いもあるものか……」

「……」

「――貴様は私の――、敵なのだ……」


 光栄ははっきりと晴明に向かって言う。”自分にとっては安倍晴明は敵である”――と、


「――だから、貴様がどのように堕ちようと俺の知った事ではない――、ただ……」

「ただ?」

「出来るなら――貴様は、我が策謀で――……、貴様のすべてを奪い、叩き潰してやりたかった――が」

「――そうですか」


 晴明はその言葉に――、嬉しそうに笑った。その表情を見て光栄はあきれ顔になる。


「晴明――、何を笑う? 俺は貴様を――」

「ふふ――、今でもあなたは純粋なあの時の光栄ですよ?」

「な――」


 そう嬉しそうに呟く晴明を、光栄はおかしなものを見る目で見つめ――、そして笑った。


「愚かな――、貴様は本当に愚かだ――」

「そうですね」

「ならばその愚かな貴様に――一つだけ忠告をしてやろう」

「なにか?」


 光栄は真剣な表情で次の言葉を紡ぐ――。


「――貴様の事を――、妙に嗅ぎまわっておる者がいる――」

「ほう? それは誰で?」

「その名は――……”乾重延”――」


 その光栄の言葉に、晴明は静かに頷いたのである。



◆◇◆



「どういうつもりですか?」


 大江山の山中――鬼神砦の門前にて、蘆屋道満はその場に座し百鬼丸と相対している。百鬼丸と言えばその腰の刀に手を添え警戒の姿勢をとっている。


「――かの鬼神……茨木童子と話がしたい」

「馬鹿な――、都の人――、それも怨敵たる陰陽師が我ら鬼神と話を?」


 百鬼丸は警戒しつつ――それでもこのおかしな状況に困惑の表情を浮かべている。


(――……。これは――困りました。このように無防備だと――私は)


 百鬼丸は一息ため息をつき刀から手を離した。


「――陰陽師殿」

「蘆屋道満だ――」

「道満――どの。本当に茨木童子に会うつもりか?」


 その百鬼丸の言葉に――静かに……そして確かに道満は頷いた。


「ふう――それは」


 百鬼丸は心底困った表情で答える。


「もうしわけないが――、茨木童子は……先の咎によって幽閉中だ――。――話す事も、会う事も出来ないのだ」

「そうか――やはり」

「やはり?」


 実は――と蘆屋道満は、最近都で起こっている連続吸血殺人事件を語る。――百鬼丸はそれを静かに聞いていた。


「そのような事が――、それは、茨木童子ではありえませんね」

「だろうな――、あれから幽閉されているなら」

「なんとも――困った話だ……。人というものはこれほど浅ましいのか」


 その百鬼丸の言葉に道満は静かに頭を下げる。その様子に百鬼丸は――、


「――いや、そうでもないな――、こうして出向いて礼節を尽くす者もいる――」

「有難い言葉です」


 百鬼丸は少し笑って言った。


「心配しないでください――。茨木童子はもう感情に暴走して人を殺すことはないでしょう。無論――戦の折には……そちらと相対することになるでしょうが」

「そう――か」

「大丈夫――今回の事も彼に話して――、きっと諭して見せます。我が名にかけて――」

「――」


 その百鬼丸の言葉に頷く道満。それを珍しいものを見る目で見た百鬼丸は――、その身を整えてから深く頭を下げた。


「今宵は都へとおかえりください。土産もなく返すのは心苦しいのですが――、このままここにいれば……」


 ――怖い鬼に食われてしまいますよ?


 百鬼丸は何とも可憐な笑顔を見せてそう言ったのである。

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