呪法奇伝ZERO・平安京異聞録~夕空晴れて明星は煌めき、遥かなる道程に月影は満ちゆく~
武無由乃
第一章 平安の守護者達
序 彼方の風景
それはいかなる現象なのか? 無数の光放つ槍の群れが空を飛び交う。
一方は
一方は植木谷のとある集落より――。
大空でぶつかり合う光槍の群れは、空に月下の闇をまばゆく輝かせ――、それはもはや朝の光のようであり。
地よりそれを望む人々は、あまりの輝きにただ恐れ慄き、嵐が過ぎるのを待つばかりであった。
「都より参った
「ああ――、道満様はどうなるのだ?」
人々は彼らを幾度も救ってくれた”蘆屋道満”の安否を想う。――が、だからとて彼らには手助けをする力はない。
不意に大猪伏の丘より無数の白い鳥の群れが飛び立つ。それは――、
「? あれは? まさか――」
鳥の群れはお互いに押し合う光槍の群れを避けて植木谷へと至った。
それこそ――、かの安倍晴明の”式”の群れであり、それ一つ一つが生命力の高い妖魔ですら命を落とす必殺を秘めている存在であった。
「ああ――、道満様」
不意に植木谷から飛翔する光槍が途絶える。大猪伏の丘より飛翔する光槍の群れはそのまま植木谷へと到達し、大地を揺らすほどのすさまじい轟音を空に響かせたのである。
果たして――それは決着となったのか? 人々が不安に仰ぎ見る空に、不意に巨大な光の巨人が立ち上がった。それは――、
「道満様?!」
それは確かに蘆屋道満その人であり――、その光の巨人と化した彼の手にする金剛の杖が、大猪伏の丘にむかって高速で振り下ろされたのである。
ズドン!!
まさにハッキリと地面が揺れる。凄まじい轟音と土煙――、地形が変化するほどの大呪法。
天空に蘆屋道満の声が響く。
「オンシュチリキャラロハウンケンソワカ……!! その命、砕き――滅せよ!!」
空に無数の光陣が展開し――、空を光に染めていく。それは天部をも滅ぼす絶滅の輝きであった。
播磨国は佐用の地――、今その地にて行われるは、蘆屋道満と安倍晴明の最後の一騎打ち――、決戦にて。
それは七日七晩にも及ぶ長く凄まじいまでの大呪法合戦であった。
――そして、その戦いは少なからずその地の地形すら変えるものであり。――人々はただ怯え、見守っていた。
◆◇◆
かつて、平安京で戦いがあった。それははっきりとした、安倍晴明の敗北であった。
蘆屋道満は師である安倍晴明に向かって言う。
「甘いぞ――師よ……、師が本気であれば、そのような無様を晒すことなど無かったろうに」
「道満よ、お主こそ――、なぜそれほどの力を持ちながら、それを悪しき行いのために振るうのだ」
傷つき倒れる晴明に対して、道満は事も無げに答える。
「なぜ? 力ある者が、力を振るわずにどうする?」
そしてさらに続ける。
「それに……だ、
「帝を呪うことが、悪しきことではないと考えるのか?!」
その晴明の言葉に、道満は笑みを欠片も浮かべずに答える。
「ならば逆に問おうか? 師よ……」
「なに?」
「人の世の平安を脅かす妖魔――、それから人を助けるは道理にかなっている。――しかし、ただまつろわぬだけの、平穏に生きたいだけであった妖魔たちをもその手にかけているのはなぜだ?」
「……っ!!」
「梨花は――、土蜘蛛とはいえ、ただ密かに平穏に生活する事のみを望んでいた――、それに呪詛を行ったと在らぬ疑いをかけて、その村ごと焼き滅ぼしたのはなぜだ!」
「それは――」
「なぜだ? 師よ――、師ほどの者が、なぜ奴らの――、都の連中の非道を見逃す!!」
その言葉を聞いて、安倍晴明はついに理解した。彼の心の中にくすぶっていた都への不信が――、人の世のみを優先する行いが彼の心についに火をつけてしまったのだと。――だから晴明は答える。
「……そうか、それは都を――帝を恨む気持ちも理解できる。しかし、この都は――人の世の平安を得るには――」
「――妖魔の犠牲が必要だと? 師よ……、師までもが本気でそう言うつもりなのか?」
「……私は――、人の世の安寧を支えるべき職についておる」
晴明は苦しげな表情でそう答える。
その晴明の言葉に、道満は一息ため息をついて答えた。
「――それならば、もはや
「それならば……これからどうするつもりなのだ?」
「
「!」
「妖魔どもの中には、人に害成すものばかりではなく、そうでないものもいる――。その区別なく殺めている人こそが、そもそもの間違いであろう――。貴様らが妖魔を殺めるならば――、それを守るために
「道満! それでは――、お前は人に恨まれるばかりで」
「――それがどうしたと言うのだ? 妖魔に魅入られし悪鬼――、人に仇なす悪しき陰陽師――。千年の汚名がどうした?!
その道満の瞳に燃えるのは、すべてを灰に変えるほどの激情――。
「晴明よ――、お前が人におもねり妖魔に仇なすかぎり――、お前は
道満は月光の下――、その燃える瞳を晴明へと向ける。――それはもはや相容れぬ敵対者の瞳。
かつては一つであった二人の道が大きく裂けていく。
「道満――」
その師であったものの力のない言葉を受けて、道満はその身をひるがえして晴明に背を向ける。
「
――かくして決別はなされ。その繋がりは失われ――、
――るのか?
――これより語るのは、こうして分かたれた二人の男が、共にあり笑いあっていた時代の物語。
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