第3話 あの人かな?

「どうした? ステラ、聞いているのか? エイドリアンと会えそうなのか?」


私が返事をしないからか、父が再度尋ねてきた。婚約者がいることは理解した。けれど、もっとも肝心なことがある。


「あの……一つ、お聞きしたいことがあるのですが……」


「何かしら? ステラ」


母が返事をする。


「私の婚約者は……もしかして女性ですか?」


「「は?」」


両親はこの言葉に顔を見合わせ……。


「本当に大丈夫なのか!? ステラ! やはり医者を呼ぼう」


「そうね、入院させたほうがいいわ!」


両親の反応から、エイドリアンという人物は男性だということが分かった。

医者? 入院? 冗談じゃない! 入院したら一生出られないかも!


「いえ! 大丈夫です! エイドリアンは男性ですよね〜当然じゃないですか。ほんの少し冗談を言ってみただけです! それにしても今日も美味しい料理ですね〜」


その後も私は必死でゴマをすり……結局エイドリアンという人物の詳細を一切尋ねることが出来なかった――



****


朝食後――


予定通りに婚約者と会うことが決まった。両親から今の服装で会うのはさすがにマズイと両親に指摘され、私はメイド長の手を借りて着替を手伝ってもらっていた。


「ステラ様。どうです? やはりメイドの助けは必要だと思いませんか?」


背中の紐を結びながらメイド長が尋ねる。


「そうですね。確かに必要かも……」


何しろ、お出かけ用のドレスはどれも私が1人で着れるようなデザインが1着もなかったのだ。


「ええ、お分かりいただけたのなら結構です。はい、お綺麗でございますよ」


私のドレスを着せ終えたメイド長が鏡の中でニコリと笑みを浮かべる。


私が着ているドレスはハイ・ウェストのくるぶし丈まである紫色のロングドレス。袖と裾にはふんだんに同色系のレースのフリルがあしらわれている。スカート部分には白い刺繍糸で沢山の蝶が刺繍されている。


……素敵なのかも知れないが、私にはどうしても悪女が着るドレスのようにしか思えない。何しろ、この顔は美女ではあるものの性格がきつそうな表情をしているからだ。


それでもメイド長はニコニコしながら鏡に映る私を見つめている。


「……どうもありがとうございます」


お礼を述べると、私の頭を撫でてきた。


「まぁ、ステラお嬢様。何だか小さな頃に戻ったみたいですね。とても素直になられました」


「そうですか?」


まさかこんなことくらいで喜ばれるとは思わなかった。


「あの、それで一つ聞きたいことがあるのですけど」


両親の前では下手なことを尋ねるわけにはいかない。


「はい、何でしょうか?」


「私の婚約者って……男性ですよね?」


はっきりと両親に確認できなかったので、再度聞いてみた。


「え? 男性ですかって……? ええ、勿論です! れっきとした男性です!」


「そうですか……良かった。少し名前が引っかかってしまったものですから」


再び、某映画で主人公が名前を叫んでいるシーンが頭に浮かぶ。


「ま、おかしなステラ様ですね?」


「それで、もう一つ聞きたいのですが……待ち合わせ場所は何処でしょう?」


「……え?」


私の言葉に、メイド長は目を見開いた。




*****



 馬車に乗って、私は待ち合わせ場所のバラ園に到着した。


「確か、11時に噴水前の広場で待ち合わせしているって教えてくれたっけ」


バラ園の入り口には確かに大きな噴水がある。周囲にはベンチがいくつか置かれ、10人前後の人たちが噴水広場にいる。


子供連れの母親や老夫婦。仲良さそうに会話している同世代のカップルに、一人でベンチに座り、うたた寝している若い男性……等。


「う〜ん……相手の顔が分からないな……。プラカードでも持って立っていてくれればいいのに。でも、多分あの人がエイドリアンだよね」


私と同世代の人物に該当するのはカップルか、1人ベンチでうたた寝している男性位しかいない。

くたびれたジャケット姿の男性は、デートに着てくるような服装には見えない。でも服装に気を使わないタイプなのかもしれない。


現に、過去の交際相手で服装に無頓着な相手も中にはいたし。


そこで私は迷うことなく、ベンチでうたた寝している男性の元へ向かった。


相手の男性は私が来たことも気づかず、居眠りしている。


……起こしたほうがいいよね?


でも、何と言って声をかければ良いのだろう? とりあえず婚約者なら気軽な挨拶で大丈夫かな?


そこで私は軽く相手の肩をポンポンと叩いて声をかけた。


「ん?」


顔を上げた男性はボサボサ頭で、目元も良く見えない。


うわっ! これはいくらなんでも無頓着すぎない? 


けれど……。


「ごめんね、待った?」


私は構わず、笑顔で声をかけた――


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