崩れたあとの生徒会

六野みさお

第1話 完璧で究極の生徒会長

 卒業式の答辞を読んでほしいと先生に頼まれるなんて、生徒会に入ったときには思っていなかった。確かに今は俺しか適任がいないのだけど、俺はもともと人前で話すのが好きなタイプではないのだ。すべては生徒会が壊れてしまったせいだ。


 うちの学校の生徒会の重役、つまり生徒会長、副会長、それに書記は、それぞれが選挙で選ばれる。要するに、定員1の三つの選挙だ。そのおかげで、生徒会選挙は選挙前の政治的な画策でほぼ決まってしまい、現に俺の代の生徒会重役の三人は全員が無投票だった。


 でも、もしこれが選挙戦だったら、たぶん俺は最下位になっていたはずだ。俺以外の二人の候補者の演説は、俺をはるかにしのぐものだった。俺は演説の途中でしどろもどろになっていたのに、他の二人は原稿を完全に暗記していたり、原稿なしでアドリブで喋っていたりした。


 俺の友人は俺にこう言ったものだ。「お前は政治力で副会長になったようなものだろ。俺の中学のシステムでは、得票数の順に会長、副会長、書記になる決まりだった。もしこの高校もそれだったなら、お前は書記だっただろうな」と。今思えば、それが正しいやり方である気がする。なぜなら、その方法だと、上下関係がはっきりしているようだから。もしかすると、権力どうしの対立を防げたかもしれない。



「滝川君の申し出はうれしいんだけど」


 元生徒会長・横山奏よこやまかなでは、俺が差し入れたアイスクリームを一口食べてから言った。


「僕は当分の間、学校に出る気はないんだ。もちろん、文化祭とか体育祭とか、そういう行事もね。それに、僕がいなくたって、それで回らなくなるようなクラスでもないでしょ?」

「まあな。でもーー」


 横山の言いたいことはわかる。そもそも俺のクラスは俺と横山を含めて生徒会の三大重役を全員輩出しており、理系進学クラスであることも相まって、生徒の民度は高い。確かに横山がいなくたって、クラスは勝手に動いていく。


「でも、俺はそういうことを言いたいんじゃないんだ。だって、普通は学生は学校に行くものだろう? わざわざそれをしないということは、何か深い意味がある気がしてさ」

「へえ……僕に悩みがあるんじゃないかってこと?」

「まあ、もしそうなら、できる範囲でいいから話してほしいんだよ。俺も、クラスや生徒会のみんなも心配しているんだ。確かに君がいなくたって困りはしないけど、俺たちは君がいないと寂しいんだよ」

「ふうん、でも、そう思っているのは滝川君だけかもしれないよ?」


 横山はそこで少し前髪を直した。ここは横山の家の自室の中であるはずなのだけど、横山の身だしなみは整っている。できる限り準備して部屋着を着ているような感じで、そして髪のセットは完璧である。


「僕の悩みをここで話すのはやめた方がいいと思う。僕が思うに、もしそれをやってしまうと、僕たちの関係者の全員が不幸になってしまうんだ。そうだね、もし先生か誰かに問い詰められたら、こうとでも説明しといてーー「横山は成績低下に絶望し、梅雨どきの気圧の変化も相まって、ベッドから起き上がれなくなっている」ーーとかね」

「…………」


 少なくとも、現在の横山はベッドから起き上がって、ベッドの縁に座っている。俺が横山の勉強机の椅子を借りているわけだ。


「そんなに成績落ちてたっけ?」

「落ちてるって。前の模試で総合点が7点下がった」

「あんまり落ちてなくない?」


 やはり横山の不登校の理由には、何か別の理由がありそうだ。彼女自身はここでそれを話すつもりはないようだけど。


「まあでも、少なくとも滝川君だけは絶対信用できるからね」

「それを見込んで、先生も俺に様子見の役目を押し付けたんだろうけど……」


 俺は椅子から立ち上がった。


「じゃあ、今日はここで帰るよ。週に一回くらいはプリントとかを渡しに行くことになるかな」

「うん、またそのときはよろしく」

「うん、よろしく」


 横山の部屋から出て廊下を歩きながら、つい横山の部屋の中に耳をすませてしまう。


 横山奏。180cmの長身で、その美貌は学年一といわれる。この進学校でテストの成績がトップクラスで、しかも生徒会長。よく通る声はどれだけ騒がしくても運動場の反対側まで届き、品行方正で先生からの信頼も厚い。なぜか一人称が『僕』だが、実は下級生の間ではひそかに横山をまねた僕っ子女子が増加しているらしい。どう見ても、スクールカーストの頂点に位置する、選ばれた人物。ーーところが、これまで皆勤賞だった横山がなぜか、今週の月曜から学校に出てこなくなったのだ。そのため、横山の幼なじみである俺が、先生に様子を見てくるように頼まれたのである。横山の部屋まで入れる男なんて、おそらく俺しかいないだろう。


 見たところ、横山は特に元気がないようには見えなかった。完全にいつも通りだ。でも、表面上はそうでも、横山の内面はむしろ繊細であることを俺は知っている。たぶん今も、俺が出ていったあとには、真っ先にベッドに潜り込んで泣き始める気がする。今のところ俺の耳はまだそれは起こっていないと言っているが、横山は俺が何も聞こえない位置に離れるまではそれをしないだろう。だから、俺はまっすぐ階段を下りて、横山の家をあとにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る