第19話


「気に食わねえ、気に食わねえ、気に食わねえ……!」


 深夜二時過ぎ。青年・蘆屋鋼牙あしやこうがは、妖魔討伐に向かうべく仄暗い宿の廊下を歩いていた。


「なんでオレが、妖魔もどき共と共闘しなきゃいけねぇんだよ……!」


 夜闇に響く荒々しい足音。呟き漏れる苛立ちの声。

 それらは宿の無関係な客たちの安眠を妨害するものだったが、知ったことか。


「オレ様は、千年続く陰陽の名家・蘆屋家の末裔だぞ……ッ!」


 それなのに、どうしてと。蘆屋は呻きながら立ち止まってしまう。


 ――蘆屋家。平安の時代より、千年近くも妖魔伏滅機関『八咫烏』に人材を送り続けてきた一族である。

 そこに産まれた鋼牙は、幼き頃より様々な修練を積まされ、満を持して陰陽師の世界に送り出された期待の星だ。

 等級は最初から二等陰陽師。通常は三等から始まるのだが、蘆屋の戦闘力は現場に出る前から高いものだった。

 指導役には特等陰陽師の天草を付けられていた。機関でも七人しかいない、偉大なる大陰陽師の一人だ。


 ああ、自分は恵まれている大天才だ。期待されている未来の英雄だ。

 ならばこそ――大活躍していくと、思っていたのに。将来は明るいと、信じていたのに。

 それなのに……初任務にて、侍姿の『あの男』に出会った時から、全てがおかしくなってしまった。


 

「四条、シオン……ッ!」


 

 握った拳が軋み上げる。脳髄が殺意で溢れそうになる。


 あぁそうだ。全てはアイツのせいなんだ。

 巫装が暴走してしまったのも、大怪我を負ったのも、そして真緒という実験動物のメスの血を飲まされて貸しが出来てしまったのも。

 一人で次々活躍していくはずが……『欠点』を埋めるために、仲間を作らされたのも。そんな恥辱を味わうことになったのも。


「テメェのせいだ、シオン……! 天才のッ……期待されてたオレ様の経歴に、泥を塗りやがってェェェ……ッ!」


 ――殺してやる。

 ああ、殺してやると蘆屋は決めた。決めていた。

 この任務中のどさぐさに紛れ、シオンを殺害してやろう。真緒にばれたならあちらも必ず殺してやろう。

 そうだ、それがいい。そうしなければと決意する。そして任務を一人で解決してやるのだ。

 今回の敵は大妖魔衆『天浄楽土』の元幹部らしいが、所詮は脱落者。自分なら何とかなると蘆屋は信じていた。


「よォし……やってやる……ってやるぜ……!」


 これで経歴の汚点はチャラだ。栄華の道はここから始まるんだ。

 ゆえに、さぁ行こう。敵を殺しに。仲間を殺しに。

 

 そうして尊厳を取り戻すのだと、蘆屋が暗い廊下を抜けて、月光の差す外へと出た……その瞬間。


 

「――来たか、蘆屋」

 

 

 ヒィッ、と。音がした。

 それは自身の喉から出たモノであることに、蘆屋は数瞬してから気付いた。


「俺は、未熟だ。妖魔に対する知識も見識も全くない。ゆえに蘆屋よ、至らぬ俺にどうか力を貸してくれ」


 丁寧な言葉が尽くされる。声音に誠意が溢れている。

 その声の主は――月光の下に佇む、四条シオン。これから殺そうと思っていた相手


如何どうしたんだ、蘆屋。黙ってないで、答えてくれよ」


「あッ、いっ、いやッ……!?」


 舌が全く回らなかった。気付けば身体が震えていた。

 月の光を背にした怨敵シオン。それゆえ彼の顔には影が差し、その面貌がよく見えなかった。見えなくてよかったと思った。

 

「がっ……頑張ろうぜ、シオン……! 一緒に、妖魔を倒してやろう……!」


 まるで似合わない言葉が出た。無意識のうちに、蘆屋は作り笑いさえも浮かべてしまっていた。

 あぁそうだ。今の『アレ』に悪態なんて吐けない。殺そうなんて全く一切思えない。


「嬉しい言葉だ。有難ありがとう、蘆屋」


 仄かに緩むシオンの口元。蘆屋の脳裏に、牙剥く獣の姿がよぎる。


「頑張って、妖魔を、殺してやろうな――?」


 ……その言葉に込められた殺意の量が、吐き気を催すほど濃くて。


「あっ、あぁ……!」


 蘆屋の歪んでいた心は、完膚なきまでに砕けてしまったのだった。



 ◆ ◇ ◆



「――わッ、我ら『鴉天狗』の諜報により、目標妖魔の大まかな居場所は掴めているでござる。あとは、陰陽師様らの『霊視』によって、正確な特定をしてくだされば……!」


 黒ずくめの身をなぜか震わせる鴉天狗。宿の前に集まった蘆屋も真緒も、同じような様子だった。

 まぁ、いいか。みんな妖魔討伐に当たり、緊張感が高まっているのだろう。腑抜けているより良いことだ。


「鴉天狗よ、霊視とは?」


「あっハイ! 霊視……それは『陰陽魚』を飲んだ陰陽師様たちだけに出来る、特殊な技能でござる。心の目を凝らし、妖魔の漏らした妖力の残滓を視ることが出来るでござるよ」


「ほう」


 ……そういえば蘆屋と出会った時、ヤツは俺から妖気が漂っているだの言っていたな。

 なるほど。その霊視とやらを使って見抜いた結果というわけか。


「――シ、シオン。霊視は人を超えた技能の一つで、使えるようになるには訓練が必要なんだ。だから索敵は、僕と蘆屋に任せてもらってもいいかな……?」


 おずおずと声をかけてくる真緒。

 どこか気遅れた様子なのは、出来ない俺に恥をかかせることを躊躇ってのことか。本当にお前は優しいな。

 だが。


「三人で探したほうが効率的だろう。だから、挑戦だけはさせてくれないか?」


 俺は、夜が明ける前に妖魔を狩らねばいけなかった。優しい九尾に明日の光を拝ませるため、どんな手すらも尽くしておきたい。


「やり方を教えてくれるだけでいい、頼む」


「う、うん。……まずは目を閉じて、ゆっくりと深呼吸するんだ。そして両目に全神経と血流を集中させて……」


 真緒の言葉に従っていく。

 瞼の裏。闇に包まれた俺の両目に、熱き血潮が流れ込んでいく。


「そして、目を開ければ――」


「出来た」


「は!?」


 開眼完了。今や俺の両目には、街の一画より立ち昇る闇色の気が見えていた。


「居場所は掴めた、いくぞ」


「ちょっ、居場所は掴めたって!? えっ、僕の霊視にはまだ何も映ってないのにッ!?」


 斬殺すべく駆け出した。背後より「どこ行くのッ!?」と叫ぶ真緒と、「いや、あの行き先は拙者らが怪しいと見込んでいた方角……!」と呻く鴉天狗の声が聞こえる。


『なるほど……シオンよ、貴様の巫装の能力は、『刃の硬質化と、視力の強化』だったな……』


「九尾」


『特に、強化系の巫装の異能は、巫装展開していない時にも強化部位に影響を与えると聞く。ゆえに眼を使う霊視も、即座に習得できたわけか……』


 ……そうなのか。これは巫装のおかげだったのか。


「感謝すべき、だな」


 黒蟷螂クロカマキリを模した己が装備に礼をする。

 お前のおかげで九尾との戦いを乗り越え、そして今回は九尾を救うことが出来そうだ。

 喰密刃クラミツハと違って意思はないようだが、それでもお前に感謝だよ。


「あと九尾、弱ってるんだから喋らず寝てろよ。まさか俺が心配だったか?」


『……そうだと言ったら?』


「とても嬉しい……ッ!」


 地を蹴る足に力が籠る。立ち並ぶ民家すらも足場と変えて、最短最速で目的地に駆けて行く。


 妖魔の気配がするのは――見上げるような、高層建築物。

 街に来たとき、アレはなんだと真緒に訊ねたら“ビルディング”と教えられたモノだ。


「乗り込むぞ」


 かくして俺は、夜闇の中を突き進んでいったのだった――。


 


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