第5話 目が覚めると誰かがいた

目が覚めると、少しだけ頭が痛く重いことから、昨晩は飲み過ぎたんだなと実感する。事実、たしか7杯目のハイボールを飲んだあたりから記憶が曖昧だ。


「っつつ」


にしても飲み過ぎだ。上半身だけを起こすと、チクリとトゲが刺さったように頭の中が痛い。ぴくぴくと血管が脈打つ感じがする。


それに、喉がやすりを突っ込まれたみたいに荒れている。


こんなに飲んだのは久しぶりだった。前に関係を持ってしまった先輩と飲んだ日以来だ。


まさか、賀来君なんかと一緒に飲んで、こんなになってしまうなんて。


こんなに…。


「え」


次第に冴えてくる意識が、知りたくもなかった事実を知らせてしまった。


「どこ、ここ…」


いや、答えなんて、分かってるはずだ。


慌てて毛布をどかし、胸元から足元までを一気に見る。そして、中身。胸の中の下着を確認し、履いている下着の感触に意識を配る。


荒らされた形跡がないことに安心した。


しかし、完全には安心できない。


私はもう、これまでに十人以上の男性と行為に及んだことはあるが、一応、相手とは交際したうえで及ぶ主義なのだ。ワンナイトなんてものは、あの日、あの人だけで良かった。


良かったのに、まさか、よりにもよって賀来君とだなんて…、絶対にイヤ!!


尊敬するジンベエ先生は、あくまで尊敬なのだ。好みのタイプだったらいいなとは思っていたが、中の人がアレだと分かった途端にその期待は冷めた。彼は架空の世界を創り上げるプロ。私とは業種…いや、住む世界が違う人間だから、現実で抱くべき男ではない。


「賀来君。いるの?」


おそるおそる、容疑者を呼ぶ。陰部丸出しで自分の女を愛でるように見られることに恐怖しながら、真実をはっきりさせたいと心臓が脈打つ。


たった今気づいたのだが、この部屋は何だ。会社での彼のようにまるで男らしさの欠片もない。きれいに片付いていることは評価に値するが、サッカーボール大のウサギやカメ、猫や芋虫などの、可愛らしいキャラクターのぬいぐるみたち。それらが召使のように、お姫様を見やるように私の周りを囲っている。ドアの真横には、まるで屍の山のように積み上げられたぬいぐるみが、魂の抜けた目で私を見てくる。それが少し不気味だった。


しかしまあ、こんな女子めいた、弱弱しい彼の内面をイメージしたような部屋の中で彼に犯されたのだとしたら、屈辱で身体中の血液が蒸発しそうになる。


「賀来君、いるんでしょ?」


午前6時。幸いにも、会社には遅刻せずに済む。勤続年数6年目で絶賛皆勤賞中。なかなか返事のない勤続年数2年目のガキに苛立ちを覚え始める。


まだ起きるのには早い時間だから、眠っているのだろうか。それもそうだ。


布団から起き上がり、どこかで眠っている賀来君を探す。


その時だった。


視界のど真ん中。の、少しずれた場所で、ゲームセンターのメダルゲームのような崩壊が起こった。


「きゃあっ!!!」


崩壊するぬいぐるみたちに、悲鳴を上げずにはいられなくなる。


何が起こったのか、急激な視覚情報の変化に、あれだけ元気だった心臓が止まりそうになり、再びせっかちに動き出す。


内部とは対照的に硬直する身体の外側。腕が防衛本能で無意識に中心に寄る。


「んあ?」


目をこすりながら、さっきまで埋もれていた人物が、私を見つけた。


賀来君ではなかった。


『彼女』は、私の知っている人物だった。


とはいっても、どこかで見たことのあるくらいの認識。誰かと会話をしているシーンを思い返す。


見覚えのあるショートボブ。私よりも明るい茶色の髪。そして、柔和な天使をイメージさせる真ん丸とした童顔が、無垢な幼児のように半開きの目をこする。


「あ、もう起きたんですね。ゲロのお姉さん」


汚い二人称に無自覚なまま、しばらく無言で、初対面のはずの私たちは目を合わせた。


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