ダンテの過ち

「――迅速な救援対応、ありがとうございます」


 ユドノーが焼かれた翌日、街にはいくつもの白いテントが並んでいた。

 焦げた臭いが残る大通りにいる怪我人を、どんどん白い服をまとった人が治療している。

 アルフォンスやハイデマリーが呼び寄せたのではない。

 彼らの前で深く頷く、ユドノーの周辺の街から自警団の面々が、自発的にやってきたのだ。


「とんでもない。『白騎士』アルフォンス・グライスナー氏の頼みですからね」

「貴方に助けられた町や村は、数えきれません。自分もそのうちのひとりです。ユドノーから半日離れた街だろうが、俺達なら総出で駆けつけますよ」


 この人達がいなければ、もっと多くの住民の命が失われていただろう。


「……助かります」


 深々と頭を下げるアルフォンスの肩を叩き、自警団の人達は去ってゆく。

 アルフォンスが顔を上げると、入れ違いにハイデマリーが駆けてきた。


「兄様!」

「マリー、3人の様子はどうだ?」


 彼が言う3人とは、もちろんテントの中で眠るセレナ、リン、オフィーリアだ。

 ギラヴィの襲撃で重傷を負った彼女達は、即座にテント運び込まれて、集中的な治療を受けた。

 だが、回復が進んでいるかどうかは、ハイデマリーの暗い顔が示している。


「『ゲキレツポーション』を流し込んで、『治癒包帯』と『活力塗布剤』を使いましたわ。猫耳族のふたりは数日もすれば回復するでしょうが、聖術士のほうは……」

「やはりか。オフィーリアさんだけは、相当な重傷だ」

「それに『ゲキレツポーション』は、確かに飲めば飲むほど肉体が活性化して回復速度が速まりますが、代償として半日後には指一本動かせなくなるものですわ。兄様、おじ様のお仲間に、本当に使ってよかったのでしょうか?」

「しばらくは目を覚まさないだろうし、仮設病院の中にいる間は、少なくとも無茶はできないさ。第一、あの状況から命を救うには、こうするしかなかった」


 アルフォンスが小さく頷いた。


「さっき、伝書ドレイクを騎士団本部に送った。数日で本部からの援軍が来る。そうすれば、ドラゴンを倒すのも、皆にもっとしっかりした治療を施すのも、難しい話じゃない」


 彼の言葉に、ハイデマリーが目を見開いた。


「ついに動くのですね、騎士団本部が……」


 騎士団の本部が動くといえば、戦争に直結するテロ行為や、モンスターによる強烈な踏み荒らしスタンピードくらいである。

 逆に言えば、国家の危機ほどでなければ、本部は重い腰を上げようとしない。

 要するに、ギラヴィ率いるワイバーンの群れは、国の害とみなされたのだ。

 同時にグライスナー兄妹や冒険者程度では、どうこうできないトラブルであるとも。


「本当なら我々だけ……犠牲も最小数で任務をこなしたかったが、あの殺戮さつりくを見せられれば、もうなりふりなど構っていられない。どれだけの犠牲を伴おうとも、『竜部族トライバル』と金色竜ギラヴィは倒さなければならないんだ」


 少しばかりの沈黙ののち、ハイデマリーが思い出したように口を開く。


「……兄様、おじ様はどちらに? まさか、ドラゴンを倒しに……」

「いいや、まだここにいる。だが、心はここにはいない」


 アルフォンスが指さした先――平らに積み重なった瓦礫に腰かける、ダンテがいた。

 どこか虚ろな目をした彼は、すっと立ち上がった。


「おじ様……」


 ハイデマリーの声が聞こえているだろうに、ダンテは足を止めようとしない。


「どこへ行くつもりですか?」


 アルフォンスに問いかけられて、やっとダンテは泊まった。

 しかし、ふたりに振り向きはしない。


「ギラヴィを殺す。ワイバーンもだ。塵も残さない、この世から確実に消し去る」

「数日で騎士団が到着します。それまで待ってください」

「俺ひとりで行く。これは俺の過ちだ、俺が止めないといけない」


 ダンテの声は、絞り出したようにかすれていたが、激情そのものでもあった。


「あの日……俺がギラヴィを殺していれば、情けなんて与えなければ、セレナ達は傷つかなかった。無理矢理にでも王都に引き留めていれば、あいつらを苦しませずに済んだ。全部、全部俺の責任だ」


 何より、彼の言葉にまとわりついていたのは、後悔の念だ。

 自分が仲間を傷つけ、ユドノーを灰の街にしたのだと思っているのだ。


「だから、決着は俺ひとりでつける」


 もうダンテは、誰の力を借りるつもりもなかった。


「おじ様、それは大きな間違いですわ! 責任をひとりで背負うなど、傲慢ですわ!」

「もういい」


 ハイデマリーの声にどれだけ悲しみの感情がこもっていても関係ない。

 彼はぴしゃりと、一言で返すだけだ。


「もう、いいんだ。俺が終わらせれば、すべて……」


 そんなダンテのそっけなさに、とうとう堪忍袋の緒を切った者がいた。


「――貴方はまた、そうやって過ちを繰り返すのですか」


 アルフォンスだ。

 この数日間、ダンテを尊敬し、彼をいつも肯定していたアルフォンスだが、いまや彼の顔は、敬愛すべき相手に向ける表情ではなかった。


「……俺は、過ちを終わらせに行くんだ」

「違う!」


 青年の声が、乾いた街に響く。


「かけがえのない家族のような存在を失いかけて、貴方は恐れている! そして恐れから逃れるためだけに、もう一度孤独に戻ろうとしているだけだ!」


 こうとまで言われて振り向かないほど、ダンテも感情を失ったわけではない。

 彼の顔を見て、ハイデマリーが息を呑む。

 ぎょろりと瞳孔を開き、殺意に似た激情すら孕んだダンテの目は、とても同じ人間に向けるものではないだろう。


「言葉に気を付けろよ、アル」

「いいえ、言わせていただきます! ダンテさん、貴方はまた、ひとりで何もかもなんとかしようとしている! このままでは過ちを繰り返すだけです、あの時のように――」


 それでもアルフォンスは、己の想いを打ち明けた。

 自分達がずっと腹の底に隠し、最期の時まで黙っていようとしたあの日の思い出を。


「――私達を育てようとして失敗した、あの時と同じように!」


 本当の意味での、ダンテ・ウォーレンの過ちを。

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