少数精鋭、竜に挑め

「金色のドラゴンは、俺について何か話していたんだな?」

「ええ、三度目の迎撃失敗の際、やつは明らかにダンテさんの名前を呼びました」


 アルフォンスはドラゴンの駒を動かしながら言った。


「こちらが持っていった『対大型モンスター破砕槍』も『完全耐火魔法盾』も叩き潰したあのドラゴンは、自らをギラヴィと名乗りました。そしてこうえたのです……ダンテ・ウォーレンを連れて来いと」

「自らの復讐を、果たさせろと。そう言ったらしいですわ」


 きっと、名前を聞いた騎士達は首を傾げたはずだ。

 高名な騎士にも、冒険者にも、ダンテ・ウォーレンという名前の人物はいない。

 仮にいるとすれば、ドラゴンが名指しで呼びつけようとするほどの腕前の持ち主を、知っていないわけがないのだ。


「貴方の名前を聞いた時、私もマリーも直感しました。私達を助けてくれた恩人が、間違いなくまだ、リットエルド王国のどこかにいるのだと」


 ところが、グライスナー兄妹だけは違った。

 ふたりは覚えていたのだ――自分達の命を救った、恩人の名前を。


「名前を隠したつもりはなかったんだが、今まで見つけられなかったんだな?」


 ダンテが悪戯っぽく笑うと、ハイデマリーが頬を膨らませた。


「おじ様ってば、意地の悪いことをおっしゃらないでくださいまし! 騎士団と冒険者ギルドは犬猿の仲で、資料ひとつ手に入れるのにも難儀なんぎしますの!」

「もっとも、今回の場合は私達の先入観にも問題はありました。貴方ほどの人が、まさかC級冒険者を何年も続けているなど思いもしませんでしたよ」


 冒険者と騎士、ならず者とエリートの軋轢あつれきを考えれば、ふたりがダンテを見つけるのはまだ早い方だっただろう。

 恐らく、彼らに重要な情報源があったはずだ。


「俺を見つけられる、きっかけはあったのか?」

「クロード大宰相さいしょう様が、教えてくださったのです」


 たとえば、ダンテの過去を知るクロードの入れ知恵とか。

 厄介者の笑顔が頭に浮かぶと、ダンテは露骨に嫌そうな表情を見せる。


「……あいつから、俺についてどこまで聞いた?」

「特級冒険者という組織についても聞いています」

「あの野郎、口が軽いぜ……!」


 ダンテはこれ以上ないくらい、大きなため息をついた。


「まさか、騎士団を飛び越えた国家直属の組織があるとは思いませんでした。それも想像を超えるような、とんでもない任務をこなしていたのですね」


 国の陰から守護する存在について聞かされても、アルフォンスは動じていなかった。


「安心してください、私は貴方の正体について口外するつもりはありません。むしろ、10年前の強さの理由にやっと納得できましたよ」

「わたくしは一層、おじ様に惚れ直しましたわ♪」


 クロードからどんな話を聞いたのかはともかく、美談や英雄譚ばかりを伝えられたに違いない、とダンテは思った。

 彼が本当にこなしてきた任務は、とても人に話せるようなものではないからだ。


「……そんないいものじゃないさ、特級冒険者ってのは」


 はあ、と自嘲じちょう気味に笑うダンテの前で、アルフォンスが首を振った。


「とにかく、私とマリーは金色のドラゴン、ギラヴィの討伐に向かいます。ダンテさん、ぜひ貴方にもついてきてほしいのです」

「アルとマリーだけ? 他の騎士は?」

「2回の敗走で、数に意味はないと判断しましたわ。今回は少数精鋭で討伐しますの」


 確かに『白騎士』と『赤騎士』の称号を冠する騎士がいるのなら、他の色の騎士や部隊がいても、邪魔にしかならないだろう。

 そのメンバーの中にダンテを加え入れたいと言うのだから、本気の具合が伝わってくる。

 ギラヴィと名乗るドラゴンが、どれほどの強敵であるかも。


「……分かった。相手が俺を呼んでるなら、行かない理由はないな」


 ダンテは了承しつつ、カーテンがかかった作戦室の窓に近寄る。


「ただし、こいつらを説得しないといけないが……なっ!」


 そして一気に、カーテンを開いた。

 窓の外にあるのは、青々と茂る木々と、小さな庭。


「「わあああっ!?」」


 ついでに、窓にへばりついていた『セレナ団』のメンバーだ。

 セレナ、リン、オフィーリアの3人が揃って窓から中庭に転げ落ちるのを見て、アルフォンスとハイデマリーは目を丸くした。


「おや、貴方達は……」

「おじ様のパーティーメンバー! 帰ってませんでしたの!?」


 窓を開け、ダンテは3人の手を引いて部屋の中に押し込む。


「もうじき、アルの部下が来るかもしれないな。帰らせるよう指示されていたはずの女の子が、揃っていなくなったとか何とかで……ったく、厄介な話だ」


 並ばされたセレナ達の前で、ダンテは腕を組み、神妙な目で見つめた。

 アルフォンスのあきれ顔も、ハイデマリーの苛立ちに満ちた目も3人はちっとも気にしなかったが、ダンテの表情だけはどうにもこたえた。


「ダンテ……」

「何で話を盗み聞きしてたんだ、とは今更聞かないぞ」

「…………」

「俺がこれから討伐しようとしてる『竜部族トライバル』は、これまでのクエストで倒してきたモンスターとは比べ物にならないほど危険な相手だ」


 だんまりのセレナを説得させようと、ダンテはあえて任務の恐ろしさを伝えた。

 彼の話す内容はすべてが真実だし、ともすればそれ以上のリスクも伴うのである。

 故に彼は、仲間達に諦めてほしかったのだ。


「道中は過酷で、何より冒険者の依頼じゃないから報酬なんて手に入らない。だから――」


 ところが、顔を上げたセレナの返事は、ダンテの予想を上回った。


「その全部が、ダンテについていかない理由にならないよ」


 はたしてセレナは、仲間達は、微塵も恐れを抱いていなかった。


「あたしは『セレナ団』のリーダーで、ダンテも皆がとっても大事なメンバーのひとり! でも、子分ならリーダーのメーレーを聞くべきじゃない!」


 いや、恐れだけではない。

 リーダーだ何だと言っているが、大事なのは言葉ではなく、裏に秘められた心だ。

 いつもならがめついほどの損得勘定そんとくかんじょうすらどこかに蹴飛ばして、ただひたすらに、仲間をひとりで危険な目に遭わせたくないと言っているのだ。


「メーレーするよ! ダンテ、あたし達を討伐につれてって!」

「セレナってば、本当に強引だね」

「ですが、これくらい強気なのがいいんです。ね、ダンテさん?」


 猪突猛進なリーダーの隣で肩をすくめるリンと、口に手を当てて微笑むオフィーリア。

 そしてようやく、ダンテは思い出した。

 彼女達は誰も、自分の忠告を聞くような真面目ちゃんではないと。


「……アル、任務にはついて行く。ただし、条件がある」


 くるりと振り向いて、ダンテはグライスナー兄妹に言った。


「この命知らずの大バカ野郎ども――『セレナ団』も一緒に、だ」


 恩人にこう言われれば、ふたりも納得せざるを得なかった。

 こうして国の一大危機を救う臨時パーティーが、駐屯所の作戦室で結成されたのだ。

 エリート騎士と奇想天外な冒険者という――おかしなパーティーが。

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