猛毒使いの男

 アポロスとダンテが対峙たいじしている頃、セレナ達は隠し扉から外に出ていた。

 しかも庭を通り過ぎ、もう宿の入り口まで迫っていた。


「テミスのやつ、捕まえた冒険者を宿の地下に隠してるって言ってた! 建物の中で、匂いも分かってるなら、絶対に場所は分かる!」

「作戦はあるの、セレナ?」

「まずは捕まってる人をみんな助ける! そんでもってテミスと敵をぶっ飛ばす、以上!」


 あまりにもシンプルな作戦を聞いて、オフィーリアはずっこけ、リンは小さく笑う。


「ず、随分とざっくりしていますね……」

「セレナらしくていいよ。ボクらも、そっちの方が分かりやすい」


 そして3人が宿の扉を開いて、広いエントランスに入った時だった。


「――ふたりとも、止まって!」


 セレナの声を聞いて、後ろのふたりは急ブレーキをかけた。

 どうして彼女が仲間の足を止めたかというと、すでに白いマスクを放り捨てたテミスが、廊下の中から出てきたからだ。


「逃がすカ、クソガキ共……すぐに捕えて、ミンチにしてやル」


 しかもこの男だけでなく、他の野蛮な気配も、廊下や階段の奥から感じられる。


「気を付けて! テミスだけじゃない、他の敵の気配もするよ!」

「暗闇の中から奇襲を仕掛けるつもりでしょうが……そうはいきません! 力を貸してください、聖霊『サリエリオ』!」


 オフィーリアが手のひらをかざすと、金色の線で形どられたたかが舞い上がり、まるで昼間のように宿の中を照らし出した。


「なんだ、光が……!」

「この明るさなら、敵も迂闊な動きはできないはずです!  迎撃しましょう!」


 テミスだけでなく、彼の部下らしい男達も、すべてが光を浴びている。

 数はざっと10人ほど、誰も彼もが斧やナイフなど、凶器を構えていた。


「数じゃあこっちが上回ってるんだ!」

「今度こそ捕えて、奴隷にして売っぱらうぞ!」


 闇夜に紛れて奇襲ができないと知るや否や、ハンター達は外に聞こえかねないほどの大声で喚き、一斉に襲い掛かってきた。

 当然、『セレナ団』の面々が大人しくやられてやるわけがない。


「サリエリオ、敵を近づけさせないよう舞いなさい!」

「この力……聖霊術か、ぐあっ!」


 オフィーリアが指さす方向めがけて、鷹の聖霊サリエリオが突進して、くちばしや翼で敵の肌を切り裂く。


「『枝葉えだはの如く伸びゆく雷鳴、とどろいななき敵を裂け』!」

「ぎゃああああ!」

あづ、熱いいいッ!?」


 リンが開いた魔導書からは枝のように分かれた雷がほとばしり、ハンターを貫く。

 どちらも強烈な攻撃で、一撃でも受ければ再起不能になる技だが、何よりも敵にとって脅威なのはセレナとの白兵戦だ。


「ルミナリ鋼製の剣を、ボロボロの斧やナイフで止められると思わないでよねッ!」


 ハンターの古びた武器では、セレナの武器を受け止められずにへし折られる。

 防御ができない敵は、リンやオフィーリアの攻撃以上に素早く鋭い斬撃で、ズタズタにされて倒されてしまった。

 このまま戦いが続けば、女冒険者3人に、闇ギルドのハンターが敗北するだろう。


「くそったれ! こいつらを捕まえる前に、宿の外から人が来ちまうぞ!」

「どうしますか、ボス!」

「まったク……お前らに任せたのガ、間違いだナ」


 焦った様子の部下の声を聞き、とうとう奥にいたテミスが、重い腰を上げた。


「俺がやル。いくら獣人と聖霊術師だろうト、俺が一撃入れてやれば終わりダ」


 彼が戦ってくれると知り、部下はにやにやと笑いながら後ろに下がる。

 そんなハンター達をかばうように立ち、ぶんぶんと腕を振り回すテミスの巨体は、天井にまで届きそうな背丈も含めて圧倒的だ。

 3人が思わず、ごくり、と息を呑むのも無理はない。


「皆、油断しちゃダメだよ! あいつからは怪しい匂いがプンプンする!」


 セレナが注意するのと同時に、テミスが拳を振り下ろし、地面に叩きつけた。


「ふん、はァッ!」


 一斉に飛び退いたセレナ達がいた場所は、テミスのパンチで粉々に砕け散った。

 獣人ならまだしも、人間がこれほどの破壊をもたらすのは信じられない。


「やっぱり、すごいパワー! でも、拳の毒だって、当たらないと何の意味も……」


 それでも避けられる以上は脅威ではないと確信して、セレナは反撃を試みようとした。


「……あ、れ……?」


 ところが、彼女の体から急に力が抜け、その場に倒れ込んでしまった。

 床に顔が激突しても、「起きろ」と頭の中で必死に命令しても、腕をどうにかじたばたさせても、足がまるで言うことを聞いてくれないのだ。

 しかも、こうなってしまったのはセレナだけではない。


「なんで……体が……」

しびれて、動き、ません……!」


 リンやオフィーリアも、ぐったりと動けなくなっている。

 わずかに視線を動かしてふたりの窮地を知ったセレナの鼻を、花の匂いが衝いた。

 ただの花ではない――テミスの指から感じた花だ。


「この匂い、まさか……毒を……!?」


 どうにかして顔を上げたセレナの前で、テミスがにやりと笑った。


「ククク、気づいたカ。そうダ、俺の拳は毒に満ちていル」


 屈強な彼が握っている拳は、いつの間にか気味の悪い緑色に染まっていた。


「毒を隠していると思ったカ? 違うナ、何種類もの毒を混ぜ込んだ砂に漬けた俺の拳ハ、これそのものが毒なのダ……握るだけでまき散らす毒ダ!」


 テミスの言う通り、彼が握りこぶしを作るだけで、汗のように毒が飛び散る。


「拳を握り締めテ、初めて浮き出ル技……猫耳族といえド、見抜けなかっただろウ?」


 恐らくはあれが空気に混じって、毒に耐性のないセレナやリン、オフィーリアが吸い込んだ空気を毒そのものにしてしまったのだろう。

 彼の仲間が毒の被害を受けていないのは、解毒薬を飲んでいるからだろうか。


「舌が、痺れ……呪文、が、言な、い……!」


 どちらにせよ、ろれつすら回らない3人は、何の抵抗もできない。

 腕だけはかろうじて動くが、技も魔法も使えないなら、何の役に立つだろうか。


(やばい、腕はどうにか動くけど立ち上がれない! このままじゃ、あたし達……!)


 脂汗をだらだらと流すセレナのそばに、ハンター達がわらわらと集まってくる。


「お前ラ、こいつらを縛り上げロ」

「ボス、でもこいつ、獣人ですぜ。もし動いたら……」

「薬草も何も食べないなラ、こいつらが動けるようになるのは半日後ダ。つべこべ言わずに縛レ」


 だが――すっかり勝ち誇った顔のテミスの言葉を、セレナは聞き逃さなかった。


(……薬草? 確か、オフィーリアのクッキーには……!)


 彼女達は全員、王都を出る時にオフィーリアからあるものをもらった。

 山ほどの薬草をこれでもかと詰め込んだ、ウンコのような形のまずいクッキー。

 しかも3人ともポケットに突っ込んでいて――手だけは動かして、口の中に運べるのだ。


「……セレナ、さん」

「まだ、ある、よ。ポケットの、中、に!」


 回らない舌をどうにか動かして話すふたりを見つめて、セレナは覚悟を決めた。


「――なるように、なれ……っ!」


 こっそりと手を動かし、3人はウンコ型クッキーを口に運んだ。

 ――信じられない苦味とえぐみが、セレナとリンの口の中で爆発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る