特級冒険者の力

「セレナ、今から匂いと音、かんだけで道を教えてくれ! 俺達はそれについていく!」


 ダンテに肩を掴まれ、セレナは戸惑った。


「ええっ!? でも、あたしがもし間違えたら……」

「ひっきりなしに動いて、方角も分からなくなるテラーハウスの異世界は、真面目に脱出を考えるバカがにハマっていく構造だ!」


 しかし、彼女の直感は、今ここでは100の名案にまさる脱出の良策である。

 そのセレナをためらわせないよう、ダンテは彼女をいい気分にさせる方法を知っていた。


「だからこそ、奴は自分の感覚だけに頼るセレナへの対処はできない! 自分自身を信じろ、この状況で一番頼れるのはお前なんだからな!」


 頼れるのはお前だけ。

 珍しくダンテに褒められたセレナは、顔をにやつかせ、二股の尻尾を揺らした。


「一番、頼れる……よーし、行くぞーっ!」


 セレナは猫耳を垂直に立てると、だっと駆け出した。

 ダンテやリン、オフィーリアも彼女について行く。


「この道は左! こっちは右で、目の前の道が一番匂うから、まっすぐ進むよ!」


 彼女は道を指し示すのも、突き進むのも躊躇ちゅうちょがなかった。

 行き止まりだったらどうしよう、もしもレイスと鉢合わせればどうしよう、とセレナ・ソーンダーズが恐れることはない。

 なんせ彼女は今、ダンテに頼られているという喜びと勇気に満ちているのだから。

 そんな勢いにまるで通路の方が気圧けおされているかのように、セレナが選んだ道はことごとく正しく、まったく行き止まりに遭遇しないのだ。


「驚きました……さっきからテラーハウスが道を動かしているのに、まるで行き止まりに当たらないなんて……!」


 テラーハウスの動きを先読みしているかに見える挙動に、オフィーリアは目を丸くした。

 一方でリンは、セレナの才能に感心しつつも、疑問を抱いているようだ。


「勘が鋭いのに、なんでギャンブルはよく負けるのかな」

「鋭すぎるんだろうな。いろんな仕草や流れが気になって、かえって大事なものが見えなくなるのは、よくあることだ」


 きっと心を無にすれば、セレナはギャンブルで大勝ちできるに違いない。

 そうならないのは、彼女が欲を出し過ぎて、サイコロの出目や参加者のちょっとした挙動、なんでもないような変化が気になって集中できないからである。

 まあ、その方がダンテ達にとってはありがたいのだが。


「まっすぐ、まっすぐだ! あそこの角を曲がった先が、一番外の匂いがするよ!」


 ふたりが後ろで苦笑いしているのも構わず、セレナはまっすぐ突っ走る。

 彼女の言葉が正しければ、もうじき屋敷の外に辿り着く。


「セレナさんの言う通りです。邪なオーラは、曲がり角の奥で途切れています」

「もうちょっと、もうちょっとでお化け屋敷とはおさらば――」


 溢れる期待を抑えきれないまま、セレナ達4人は廊下の角を曲がった。

 そこには――。




「……う、そ……」


 ――壁が、あった。信じられないほど分厚い、異形の壁が。


「こんなに分厚い壁、見たことが……!」


 豪奢ごうしゃな屋敷のような外装をかなぐり捨てた、モンスターのはらわたのような、赤黒い壁。

 幽霊屋敷のおぞましい抵抗を見て、オフィーリアは息を呑んだ。


「オフィーリアさん、ここ、本当に出口に繋がってるんだよね」

「邪悪な気配が一番薄いのは、この壁の奥なのです! テラーハウスが、私達を逃さないために生み出した壁に違いありません!」


 セレナ達の額から流れてくる汗の匂いを嗅ぎつけるように、さっき走ってきた廊下の奥から、悲鳴にも似た声が聞こえてくる。

『『オオォ……』』


 間違いなく、屋敷を徘徊するレイスが、信じられない数で追ってきている証拠だ。


「レイスの声だ、ボクらを追ってきてる……!」

「待ってるのは時間の無駄だよ、ぶっ壊してやろう!」


 剣と長い爪を構えて、セレナが壁を攻撃し始めた。


「『竜巻、渦巻き、捩れる螺旋らせんが槍となる』!」

「ガヴリール、突撃してください!」


 リンとオフィーリアも、得意の風属性の魔法と聖霊の突進でテラーハウスの壁を破ろうとする。

 ところが、どれだけ攻撃を叩き込んでも、壁はたちまち元通りになる。


「だ、ダメだ! 全然壊れないどころか、すぐに再生しちゃうよ!」


 肉同士が繋ぎ合わさるさまを見て、セレナが荒い息を吐く。


「テラーハウスのあらゆる邪悪なエネルギーが、この壁に集まりつつあります……!」

「せっかく出口が目の前にあるのに、ここまでなの……?」

「諦めてたまるかっ! あたしはA級冒険者になるんだ、こんなところで――」


 邪悪な力の前に屈してしまうのかと、3人の目に諦めの感情が浮かび始めた時だった。




「――俺が斬る」


 ナイフを逆手に握り、ダンテが前に出た。


「ダンテ!?」


 驚く3人を一瞥いちべつすらせず、ダンテは壁の前に立つ。

 うねうねとうごめく肉壁を見つめる彼の手の甲に、血管が浮き出る。


「身体能力の制御リミッターを外す。危ないから、3人とも下がってろ」


 ビキビキと浮き出る血管や、異様なまでに開いた瞳孔、歯茎が見えるほど凶悪な笑みは、とてもではないが仲間には見せられないダンテの本性だ。

 それを今から、モンスターにぶつける。


(特級冒険者だった頃の、俺の力……セレナ達を殺しかねないからこそ抑えているが、壁を壊すにはそれを外さないとな)


 ぐっと一対のナイフの柄を握り、ゆらりと動く。


(ただし、全力は出してやらねえよ――で十分だ!)


 そして彼は、刃を振るった。

 ――振るったに、違いない。

 ――確信できないのは、ナイフの白銀の軌道だけしか3人には見えなかったからだ。


 彼が修羅の形相で動いた瞬間も、武器が肉を裂いた瞬間も、誰にも見えなかった。

 ただ、ダンテの目の前で赤黒い肉の壁が刃傷やいばきずと共に微塵斬りになったのも、テラーハウスの青い血をダンテが浴びているのも、紛れもない現実だ。


「テラーハウスの壁が、斬り刻まれた!」

「これが、人間の力なの……!?」


 唖然あぜんとするセレナ達の眼前で、肉がはじけ飛んだ。


『――ギャアアアアアアアアアアアッ!』


 彼女達の耳をつんざくテラーハウスの絶叫と共に、壁の奥から光があふれ出した。

 どこに続いているかは見えないが、ここよりははるかにましだろう。


「出口が見えたぞ! お前ら、ぼさっとしてないで飛び込め!」

「う、うん!」


 青い血にまみれながらナイフをしまったダンテの声に、仲間達とオフィーリアが応じた。


「「おりゃあああーっ!」」


 レイスの声を背に受けながら、4人は横並びになって、閉まりゆく光の中に飛び込む。

 そうしてダンテ達の視界は、真っ白な光に包まれた――。

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