合流

 一方その頃、屋敷の中のどこか。

 目のない悪霊がうろつく廊下のすみに置かれた、こぎれいなクローゼット。


「……行った、かな……」


 その中に、セレナとリンが隠れていた。

 ゆっくりとクローゼットを開けて、目だけを動かして外を覗いてみるが、やはりレイスは廊下をうろついてふたりを探している。

 隠れ場所を見つけられたのは幸運ではあるものの、身動きが取れないのでは意味がない。


「ダメだ、あいつらまだ廊下をうろついてる……」


 ぱたん、とクローゼットを閉めて、セレナは頭を抱える。


「外に飛び出しても、さっきみたいに床がめちゃくちゃに動けば、きっと逃げられない……リン、どうしよう?」


 暗闇の中で同じように隠れているリンに、セレナが声をかけた。


「ナムアミダブツナムアミダブツ……」


 返ってきたのは、手をすり合わせて祈るリンの奇妙なまじないの声だ。


「ど、どうしたの、リン!?」

「昔読んだ本に、東洋のおまじないが載ってたんだ。これを唱え続ければ、神様の言葉を聞いて怖がって、悪いお化けが去っていくんだって」


 そんな伝承でどうこうできるのなら世話はない。


「ほら、セレナも一緒に唱えて!」


 セレナはそう言いたかったが、リンの気迫に圧されてしまい、一緒に手を合わせた。


「分かった……ナムアミダブツ……ナムアミダブツ……!」


 クローゼットの中で、ただひたすらにおまじないを唱え続ける。

 そうしてどれだけの時間が経ったか分からなくなった時、不意に外から鳴り続けていたレイスのうめき声がぴたりと止んだ。


「……あれ? あいつらの声が、聞こえなくなった?」


 恐る恐る外を確認してみると、レイスの姿どころか、声も響いてこない。


「いない、いないよ! あのモンスター達、諦めてどこかに行ったみたい!」

 ふたりが隠れ家から飛び出しても、しんと静まり返った屋敷の廊下では何も起こらない。

 どうやらレイスは、いつまでも見つからないので、セレナとリンを探すのを諦めたようだ。


「やった! おまじないが効いたんだよ、セレナ!」

「いつもは神様なんかあてにしてないけど、祈ってみるもんだね! よし、このまま一気に廊下を通り抜けて、ダンテを探しながら――」


 にっこりと笑い、ふたりは廊下を歩きだそうとした。

 ところが、どちらもぴたりと足を止めてしまった。


『『ウオオォォ……!』』


 ――目の前に突如として現れた、レイスの群れを見たからだ。


「「――ぎゃあああああああっ!」」


 わずかな沈黙を経て、ふたりは抱き合って叫んだ。

 もう逃げることすら頭にない彼女達は、とうとう諦めた調子でへたり込んでしまった。


「ごめんなさい神様謝ります心を入れ替えます真面目に働きますしギャンブルもしませんから今だけは助けてくださいぃーっ!」

「ボク達なんておいしくないよ、骨ばってておっぱいもお尻も硬いよ!」

「か、硬くないってば! あたしはまだまだナイスバディーになれる可能性が……」


 しかも話を聞かないような幽霊相手に、命乞いのちごいまでする始末だ。


『フォオオ……!』

『ルオオ……』


 もちろん、レイスが聞き入れるわけがない。

 精神エネルギーをすする光景を思い浮かべているのか、にやついている者までいる。

 何を差し出しても、どれだけ許しをうても、レイスが聞き入れるはずはないだろう。

 もう、ふたりには選択肢がひとつしか用意されていなかった。


「こ、こうなったらやるしかない! 見た目はお化けでもモンスターだし、何とか弱点を見つければやっつけられるはず!」


 勝ち目のない戦いに挑むのみだ。

 幸い、勇気を振り絞ったセレナだけでなく、リンもそのつもりだった。


「……分かった。セレナ、腹はくくったよ」

「ダンテも金銀財宝も見つけて、幽霊屋敷もやっつけて一攫千金いっかくせんきん! A級冒険者の夢だって、こんなキモい奴らのためなんかに諦めてやるもんか!」


 剣を抜いて二股ふたまたの尻尾で握りしめ、魔導書を広げて魔法の光を溢れさせる。

 死中しちゅうかつを求めてもなお勝ち目は薄いが、『セレナ団』は不退転――特にリーダーのセレナの辞書に、逃げるという言葉はない。

 それでもふたりは強く頷き、レイスを睨んでえた。


「行こう、リン! 幽霊をぶっ飛ばして――」


 その時だった。



 不意にふたりの視界から、レイスが消えた。


「――あれ?」


 逃げ去ったのでも、消え去ったのでもない。

 レイスの群れは撃破されたのだ。


 光り輝く山羊の角に串刺しにされて。

 一対のナイフによって斬り刻まれて。


「山羊の突撃……聖霊の力は大したもんだな、オフィーリア」

「いえ、ダンテさん、貴方の斬撃には敵いません。私も師匠から多少なり格闘術は学びましたが、ほとんど刃の軌道が見えませんでした」


 すっかりレイスが霧散した光景に驚くセレナとリン。

 ふたりの前に立っていたのは、勇猛な表情をたたえたダンテとオフィーリアだった。


「お前が聖霊術のプロであるように、俺も戦闘のプロだよ。それで……」


 ナイフをくるくると回してホルスターにしまい、ダンテは振り向いた。


「セレナもリンも、無事か? ケガはないか?」


 そしてふたりに微笑みかけると、彼女達の感情は決壊した。


「「――ダンテぇ~っ!」」


 武器をしまった少女達は、べそをかきながらダンテに抱き着く。

 いつもの自信たっぷりなセレナと、何事にもクールに応じるリンの姿はない。

 きっと、いつこうなってもおかしくない感情の揺らぎを、必死に我慢していたのだろう。


「ごわがっだよぉ~っ!」

「もうゆうれいなんてやだよぉ~っ!」


 わんわんと泣くふたりの頭を、ダンテは軽く撫でた。

 セレナとリンの無事を誰よりも喜び、安堵したのは彼なのだ。


「よかった……本当に、無事でよかった」

「ずびー」

「ちーん」

「って、俺の服で鼻をかむなよ!」


 それも、大事な服が鼻水まみれになるまでだが。


「愛されているのですね、ダンテさん。うふふっ」

「はぁ……みたいだな」


 髪をかき上げたダンテは、呆れた調子で、オフィーリアと一緒に笑うしかなかった。

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