パーティー結成!
翌日、冒険者ギルドはとある新人の話題で持ちきりだった。
「おい、あれ! あの新人、ヤヴァン盗賊団を倒して騎士団に引き渡したんだとよ」
それはもちろん、建物に入ってきたセレナとリン――そして、ダンテのことだ。
3人が凶悪なヤヴァン盗賊団を全滅させたという話が、イスモアを経て王都の東西南北にまで行き渡ったせいで、いまや3人はちょっとした時の人だ。
「万年C級冒険者のおっさんがヤヴァンを倒したって、本当か!」
「間違いないわ、私も引き渡しの現場を見たんだから。しかもおっさんは無傷だったの」
「獣人のチビも、
ずっと自分をバカにしていた冒険者がひそひそと話しているさまが嬉しくて、セレナは「むふーっ」と鼻を鳴らしながら、近くの椅子に腰かけた。
ダンテもテーブルを囲むように椅子に座り、リンは彼と目配せして、受付嬢がせわしなく駆け回るカウンターの方へ歩いてゆく。
「ふふーん! ギルドがあたし達の話題で盛り上がってるのって、チョーいい気分だね!」
自慢げに胸を張るセレナの姿は、昨日の自信なさげな少女と同一人物とは思えない。
「昨日まで盗賊団に捕まってべそかいてたくせに、根っからのお調子者だぜ」
「そんなあたしを信じてくれたんだよね、未来のA級冒険者だって!」
「……ま、否定はしないさ」
テーブルから身を乗り出したセレナの言い分を聞き、ダンテは頬を掻いた。
「それにしても、視線がやかましい。目立つのは好きじゃないんだがな」
彼も気づいているが、注目を浴びているのは、ヤヴァン盗賊団の一件だけが理由ではない。
「アポロスを黙らせたのは、ダンテでしょ?」
「あれはだな……ちょっとカッとしただけだ」
バツの悪そうな顔を見せるダンテの視線の先には、口元を布で覆っているアポロスと、彼の背中をさするエヴリンがいた。
すっかり身を縮こまらせる姿は、親に慰められる反抗期の子供のようだ。
「ふ、ふが……」
アポロスはこちらを恨めしそうに見ていたが、ダンテと目が合うと慌てて背を向けた。
「特殊加工を施したナイフの切り傷は、治癒魔法でも跡が残る。しばらくは動かしただけで痛むだろうし、あいつの
治癒魔法といえば、熟達すればどんな怪我でも治してしまう高等魔法だ。
その魔法を使ってなお残る傷をつけるナイフとは、どんな代物か。
気になったセレナが声をかけようとしたが、先にリンが戻ってきた。
「あ、お帰り、リン!」
「パーティー申請は通ったか?」
「うん、ボクとセレナ、ダンテの情報とクエスト達成状況を見て、問題ないって言われた。あとはリーダーと、パーティー名を決めて報告するだけ」
リンを隣に座らせてから、セレナが背もたれを揺らした。
「パーティー名かぁ……結局、酒場じゃ決まらなかったんだよね」
「その件なんだが、俺に名案がある」
「えっ、どんなの?」
人差し指をピンと立てて、ダンテが言った。
「――『セレナ団』。リーダーはセレナ・ソーンダーズ、将来性バツグンのパーティーだ」
セレナもリンも、目を丸くする。
まさかダンテが――
だが、ふたりは彼の提案に隠された想いに気付いていた。
やはり彼は、心の底から、セレナ達がA級冒険者になれると確信してくれている。
「……その名前、あたしのアイデアだよ。でも、ありがと」
セレナが笑うと、ダンテも笑顔で応えた。
「リンも、それでいいかな?」
「ボクは、セレナについて行くよ」
口端だけをちょっぴり上げて笑うリンと、ダンテの肩に手を乗せ、セレナが立ち上がった。
「よーし、じゃあパーティー名は『セレナ団』でけってーっ! ダンテもリンも、あたしについてこーいっ!」
そして天高く拳を掲げてから、大股でカウンターへと歩いてゆく。
周りの目などお構いなしで、上機嫌に金色の尻尾を揺らす。
「まずはひと月以内にB級冒険者に昇格! モンスターをじゃんじゃんやっつけて、お金をがっぽり稼いで、有名になって王都新聞社の取材を受けて、それからそれから……」
にゃははは、と笑うセレナの後ろ姿を、ダンテとリンは見つめていた。
「あいつの手綱をしっかり握ってやれよ、リン」
「ダンテも一緒にね。ボクだけじゃ、振り回されちゃうかも」
リンも席を立ち、やれやれといった調子でセレナを追いかける。
頬杖をついていたダンテもまた、彼女達について行こうとしてテーブルを離れた。
「ははは、確かにな――」
ところが、彼はぴたりと足を止めた。
「――すっかり世間に馴染んだつもりでいるんだね、ダンテ」
彼の後ろには、いつの間にか白銀の髪の男、クロードが立っていたからだ。
周りの冒険者は誰も彼に気付いていない――まるで存在していないかのように通り過ぎてゆくが、ダンテだけは、振り返らずともクロードがいると察していた。
「何の用だ、クロード」
「いいかい、君は絶対に人とは相容れない。人を
クロードの声が、少しだけダンテの耳元に近づく。
「だから悪いことは言わない。もう一度、特級冒険者に……」
彼の手が肩に触れるよりも先に、ダンテが笑った。
セレナ達に向ける笑顔ではなく、何も知らないで
「クロード、ひとつ教えてやる」
振り向きもしないまま、ダンテは言った。
「人は変わっていける――俺はそう、信じてるんだ」
怒りや憎しみだけが、人を変える力ではないのだと。
今を
ダンテ・ウォーレンはもう、クロードや王国を治める面々が知る特級冒険者ではなく、ただのいち冒険者であった。
ただし、少しでも逆鱗に触れれば、ただでは済まないともクロードは知っている。
「……いつか後悔するよ。人と繋がろうとしたのを、誰よりも……」
だから彼は、忠告だけを残して、霞のように姿を消した。
クロードの言う通り、いつかどこかで人と自分の決定的な違いを理解するだろう。
どこまでいっても、彼の本質は破滅のみをもたらす特級冒険者で、汚れた両手の血を拭い落とすことなどできはしない。
それでもダンテは、自分の選択を恐れてはいなかった。
「おーい、ダンテーっ!」
「パーティーメンバーを登録するから、こっちに来て」
大きく手を振って呼んでくれる、セレナとリン。
ふたりが、仲間がいれば、変われると信じられるからだ。
「……ああ、今行く!」
小さく笑って、ダンテは仲間のもとに駆けて行った。
彼の目に映るのは――何よりも明るい希望だった。
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