盗賊団のアジトにて

 イスモアの町は、これといって特徴がない辺鄙へんぴな町であった。

 ただ、何もないが故に昔から小悪党の隠れ家となっており、騎士団が押し寄せてきたことも少なくない。

 人によってはイスモアの町を『悪党の家』と呼ぶ者もいる。

 いまやここに来る者は、悪党か、悪党を追いかける者のどちらかだ。


「……ねえ、リン」

「なに、セレナ」


 さて、ここにいるセレナとリンは、後者だ。

 月夜に悪党を追いかけて、アジトに乗り込んで、やっつけてやると豪語ごうごした。


「――今度からはもうちょっと考えて行動します、ごめんなさ~いっ!」


 その結果が、これだ。

 ふたりはアジトの小屋の柱に縄で縛りつけられ、強面こわもての男達に囲まれていた。

 自慢の剣技と魔法で倒せた敵はせいぜい4、5人で、数の暴力には敵わず、たちまちセレナもリンも一切抵抗できない状態まで追い込まれてしまったのである。


「今更言っても遅いよ」


 むすっとした顔でリンが言うと、ふたりの正面に立つ男が笑った。


「がっはっは! まさか真正面から俺達を捕まえるなんて大見得切るなんざ、とんだ肝っ玉の冒険者だな!」


 リンの倍ほどもある体躯と、もじゃもじゃの髪にひげ、全身の生々しい傷痕。

 肩から提げた巨大な斧も含め、この男が依頼書に記されていたヤヴァンに違いない。


「だがまあ、そういうのがさまになるのは、実力がともなってこそよ。部下を何人かぶっ飛ばしたくらいじゃあ、このヤヴァンの首は取れんぞ」

「親分、こいつらをどうするつもりです?」

「さっさと殺して、埋めてやりましょうよ!」

「そうくな。命知らずな冒険者バカにも、使い道はあるもんだ」


 ヤヴァンはかがんで、睨みつけるセレナと目線を合わせる。


「おい、金髪の小娘。お前らのはどこだ?」


 彼が何を狙っているのかを察せないほど、セレナもにぶくはない。

 恐らくこれから、自分達は身代金みのしろきん要求のための交渉材料にされるのだ。


「……何の話? あたし達はぶッ」


 セレナはしらを切ろうとしたが、ヤヴァンの拳が彼女の顔面に直撃した。

 力を相当抑えているとはいえ、顔から拳が離れると、セレナの鼻から血が垂れた。


「セレナ!」

「もう一度聞くぞ、クソガキ。お前らが危ない目に遭ったと知って、金を払ってくれそうな奴はどこにいるんだ?」


 ぞっとするような悪党の目に、セレナが映る。


「……知らないよ、そんなの……おぐッ!」


 彼女が答えようとしないと見るや否や、今度は立ち上がり、腹に蹴りを叩き込む。


「ぐ、がは、がっ……!」


 しかも一度や二度ではない。

 硬い革製の靴で、何度も腹や顔を蹴るのだ。


「やめて、セレナを傷つけないで!」


 リンが叫び声を上げると、ヤヴァンは暴力を振るうのをやめた。

 ただし、情けからではなく、セレナの恐怖に怯えた返答を期待しているからだ。


「げほ、ごほ……聞いて、どうすんのさ……」


 血を流し、顔を少しをらしながらも反抗心を剥き出しにするセレナに、ヤヴァンは感心すらしているようだった。

 だから解放するかと言われれば、そんなわけはないのだが。


「当然、お前らの為に身代金をひねり出す金蔓かねづるになってもらう。何度か金を払ってもらったら、生首だけはそいつのところに返してやるさ」

「あたし達みたいなのが、お金なんて……持ってるように……見える……?」

「おうとも。この高級な剣や魔導書、貧乏人に買えるわけがないだろう?」


 しまった、とセレナもリンも、目で言ってしまった。

 ダンテに買ってもらったものは、いずれもC級冒険者どころか、B級冒険者ですらろくに手に入れられない代物だ。

 盗賊、ましてやヤヴァンほどの有名人なら、即座に見抜いて判断するだろう。

 彼女達にアイテムを分け与えて、冒険者活動をさせている者がいるのだと。


「大方、どこぞの小金持ちがワガママ娘に高級なアイテムを買い与えて、冒険者ごっこでもやらせたんだろうよ」


 だから彼と盗賊団は、ごっこ遊びをする子供達を人質に取ろうと画策かくさくしたのだ。

 ところが、ヤヴァンの言葉はセレナの逆鱗げきりんに触れた。


「……ごっこなんかじゃ、ない」

「あ?」

「冒険者ごっこじゃない! あたし達はいつか、A級冒険者になるんだ!」


 セレナは本気でA級冒険者を目指しているのだ。

 真剣に挑む日々を遊びだと一蹴されれば、本気で怒り狂っても仕方ないだろう。

 もっとも、彼女の怒りなど、ヤヴァン盗賊団が恐れるはずがない。


「「――ぎゃははははは!」」


 顔を見合わせて、盗賊団の面々は大笑いした。


「こいつらが、A級!? 冗談キツイぜ!」

「酒のさかなになりそうな笑い話だな、ひゃははは!」


 腹を抱えて笑い、涙が出るほど笑う。

 自分達が目指すすべてを侮辱されたように思えて、セレナとリンの顔が悔しさで歪んだ。


「わ……笑うな、笑うなぁっ!」

「ボクとセレナの夢を、バカにするな!」


 目に涙が浮かぶほど怒鳴り散らしても、ヤヴァン達が謝るわけも、訂正するわけもない。

 彼女達の必死さは、惨めさを助長するばかりだ。


「ひひひ、わ、笑うなと言う方が無理だぞ! お前らみたいなちんちくりんが、ひひ、A級冒険者なんて、俺が親なら現実を見ろと説教してやるところだ!」

「う、うぅ~……!」

「まったく、もうちょっと身の丈に合う夢を見るんだな、ガキ共!」


 セレナが唇を噛みしめるしかできなくなったのは、ヤヴァンの言い分が、恐ろしいほど彼女が気にしていることだったからだ。

 アポロスにはダンテに頼っているだけと言われて。

 ヤヴァンには敵わない夢を追いかけているマヌケと笑われて。

 彼女の心は、もうズタズタに切り裂かれていた。


「叶いもしない夢を抱えて、親だか何だかの助けがないと手に入らないような武器を持って、一丁前に冒険者気取りなんざ、笑い話以外の何物でもないだろうよ!」

「……くそ……」

「セレナ……」


 ぶるぶると震えるセレナ、彼女を不安げに見つめるリン。

 彼女達の苦しむさまを心底楽しそうに見下ろしながら、ヤヴァンが口を開いた。


「さて、いい加減聞かせてくれ。お前らの保護者は――」


 しかし、盗賊の親玉が求めていた答えは、まるで別のところから返ってきた。


「「どわああああああッ!?」」


 アジトのドアが爆散する音と共に、子分達が何人か吹っ飛んだ。

 もうもうと立ち込める煙の臭いが絶叫に混ざり、ヤヴァンが獣のような形相ぎょうそうで振り向く。


「誰だァ!?」


 彼の視線の先には、月灯りを背に受ける男の姿があった。

 真っ黒な影が、アジトに足を踏み入れてきて、やっとセレナ達は誰が来たかを知った。




「誰って、お前らが会いたがってた奴だよ――保護者じゃなくて、仲間だがな」


 馬の尾のような後ろ髪、冷たい瞳に見慣れた顔。

 ダンテ・ウォーレンがそこにいた。

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