第9話 男魂



 彼は確かに喧嘩は強かった。

小学生の頃からヤンチャくれで、中学生ではガキ大将。

勿論、高校生ともなれば地域で知らない者はいないと言った具合だ。


 ただ、彼の喧嘩には格闘技のようなルールは存在しない。

当たり前だ、喧嘩なのだから規則なんてものは糞食らえ、だ。

彼の喧嘩の仕上げは、股間狙い、男の最大の弱点、つまり金的である。


 彼の頭は角刈り。

鋭い目つき。

がたいも良く、中学生でさまざまな道場から誘いが来るくらいであった。

然し、ほとんどの格闘技で、金的は禁じ手、である。


 彼の仕上げの金的は使えないのである。


 彼の掟破りの金的。

それは、どんなに優勢であっても必ずやらなければならない、所謂、とどめを刺す、である。


 やり方は簡単である。

相手が弱ってきたと見るや、股間に右手を入れて、喧嘩相手の耳元で囁く、


「良いもの、持ってるな」


 これで相手は、膝の力がなくなり、両足から崩れ落ちる。


 彼は見るからに、男らしい風貌であるということは言った。

身長も高く、均整のとれた肉体は、服に隠された筋肉ではなく、美しい獣のような肢体であった。

当然、モテる。

然し、彼に色気づく、と言う言葉は存在しなかった。


 彼の喧嘩の仕上げで分かるであろう。

掟破りの金的・・・。

いつの頃からかは定かでないが、彼は、球破りの番長、と異名を持ち、人々からは、


「球番」


 と敬意を払われ、尊敬を持って呼ばれるようになった。


 そんな彼でも、食うに困るような生活はできない。

喧嘩に明け暮れるような人物なのだから、勉強ができると言うにはほど遠い。

そして、いくら尊敬されても食べては行けない。


 彼は卒業と同時に、知り合いの紹介で寿司屋で修行することになった。

喧嘩のことも男💏のことも忘れて、ひたすら握り寿司に専念した。


 あれから、どれくらいの月日が流れたのであろう。

そう、彼が修行を始めてから、もう10年も経っていたのだ。

思えば長い修行の日々であった。

そして、禁欲の日々でもあった。


 程なく、寿司屋の大将から暖簾分けを許された。

10年で暖簾分け、料理人の中では早い方である。


 そして開店営業の日がやって来た。

店の名前は、大将が付けてくれた。


「おめぇはよう、男気があるから、店の名前は、男魂おとこだましい、にしな」


 最初に入って来たのは、サラリーマン風の二人であった。

上司と部下といった具合だ。

ただ、上司はどうでもよい。

連れてこられた部下は入社して何年も経っていないのであろう、若い、そして、男前、化粧を施せば女優に見えるかもしれない。


 ここへきて、彼の昔の癖が疼き出した。

それでも彼は大きな声で元気よく言う、


「へい、らっしゃい!」


 カウンターに座り、上司風の男が言う、


「何か、よいネタ入ってる?」


「あいよ、今日は全部新鮮でさ!」


「全部新鮮なんだって、何にする?」


 上司が若いサラリーマンに尋ねる。


「あ、それだったら、何でも良いから握ってください」


「え? 良いんですかい?」


 勿論、彼の目は、サラリーマンの股間を見ていた。


 二人は、帰って行った。


 然し、その所為で店が落ちぶれる、といった訳ではなかった。

何せ、男魂おとこだましい、の大将は男前、そして寿司職人としては一流の腕を持つ。


「確かに、大将に癖はあるよ。でもよ、あそこの寿司は兎に角、美味ぇんだよ」


「じゃ。行きますか? 男根だんこん


「馬鹿野郎! 男魂だんこん、だよ」


 もう一人が言う、


「いえいえ、男魂おとこだましい、でしょ」


 三人が寿司屋へ入る。


「へい、らっしゃい!」


 暫くして、食事に落ち着いて来たのか、酒を飲んでいるせいか、三人のうちの一人が言う、


「大将、ここの寿司は美味いねぇ、やっぱりネタが良いのかねぇ?」


 大将が答える、


「ネタは良くないといけねぇよ、でもね、寿司っていうのはさ、握りが大切なのよ、優しく丁寧に、握ってやらなくちゃいけねえのよ」


「なるほどぉ」


 カウンターの後ろ、大将の横では職人がせっせと働いている。

元はサラリーマンであったという。

若い、そして男前、化粧を施せば女優に見えるような見習い職人である。

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