20.引っ越し

はびこる人喰いミントを駆除するのは不可能だということは、誰の目にもあきらかだった。


ここは危険すぎる。


「話し合いの結果ぁー、引っ越すことに決まりましたー」


教官の決定に、ルシルと祐太はそろって「どこへ?」と聞き返す。


フューリーが地図をひろげた。


「さっすがフューリー! 地図を待ってるなんてぇ、準備がいいねー!」


「むしろなんでわたしたちは持っていないのか理由を知りたいです、トレグラ」


地図を見ると、エルフの住居跡を囲むように、いくつかのが建っている。


そして監視塔の外側が、かつて薬草園だったエリアだ。


祐太は小さな自家菜園のようなイメージをいだいていたけれど、それは間違いだった。大農場さながらの広大な薬草園だ。


そして、今はそのほぼ全域が人喰いミントに占領されている。おそるべき繁殖力。


「あたしたちのいる場所はここ」


フューリーは監視塔ナンバー3を指差した。


「トレグラスの言った通り、ここは危険だから、他の監視塔に移動しようと思うの。監視塔はお互いに地下トンネルでつながってるわ。だけど、困ったことに……」


「困ったことにぃ、地下トンネルが使えないんだよねぇー」


ふたたびトレグラスが割り込んできた。


「さっき地下を見てきたんだけどさー、どこもかしこもミントがいっぱいさー。地下トンネルは根っこだらけっ! とても進めたもんじゃないねぇー。こりゃだめだーって感じぃ」


フューリーの指が地図の上でおおきく曲線をえがく。


「でも大丈夫よ。地下がダメなら、地上を通っていけばいい。北から東に向かって、ミントのいない場所をぬけて、となりの監視塔ナンバー4へ向かいましょう」


「というわけだよー!」


以上が、教官と元兵站担当者の考えた引っ越し作戦だった。


祐太はべつに異存はない。指示にしたがうだけだ。


ルシルは何かひっかかってるような顔をしている。


「念のため聞きますが、その監視塔ナンバー4に魔法ゲートはないんですか?」


「あるよー! だけどぉ、動いてないんだよねぇー。残念なことにぃー」


「うごいてない?」


思わず祐太もトラグラスを見た。


「壊れてるんですか?」


「どうだろうねぇー」


トレグラスは二人の頭上で八の字に飛びながら、


「ナンバー3以外は長いこと使ってなかったからねー。錆びついてるのかもねー。だからぁー、直接ゲートの前まで行ってー、魔力を再注入しないとねー!」


ゲートが錆びつくという表現が祐太にはよく分からなかったけれど、再注入というのは電源を入れ直すようなイメージだろうか。


「もし、それでも動かなかったらどうなるんですか?」


「だいじょーぶー! 蹴っとばせば、たいがいなおるよー」


「そんないい加減な!」 


どうして普段からちゃんとメンテナンスしないのか──と、上官に文句を言う二人は敵の奇襲に気づかなかった。


「トレグラス!」


フューリーが叫んだときには、すでにトレグラスは攻撃をかわしていた。


背後から巻きつこうとしたツルをくぐりぬけ、冷気をひとふき、凍らせてから爪でバラバラに切り刻んだ。


「氷漬けにしたやつが、もう元気になってるー。しつこいねぇー!」


「人喰いミントはちょっとやそっとじゃ死滅しないのよ。燃やしても、凍らせても、すぐに再生するわ」


フューリーは地図を折りたたみながら、おっくうそうに立ち上がった。


「さっさと移動したほうがよさそうね」




出口は鋼鉄の扉でふさがれている。


三人と一匹がかりでその重たい鉄扉を押し開けると、熱い風が濃厚なミントの香りを運んできた。


「……まぶしい」


輝く太陽の下、視界をうめつくすのはミントグリーンの森だ。


「気をつけて。人喰いミントの森だよ」


「これ、全部?」


太いツルがジャングルのように繁茂して、目前にせまっている。いまにもこの監視塔を呑み込もうとしているかのようだ。


祐太たちはミントを刺激しないように、慎重に監視塔の反対側にまわり込んだ。


監視塔の北側は、うってかわって赤褐色の荒地が広がっている。


「あれは何だろう? 文字のようなものが書いてあるみたいだけど……」


荒地にひとつだけ、ぽつんと石碑が立っているのを祐太は見つけた。


ルシルが石碑に近づいて、風化した刻字を読み解こうとした。が、すぐに首を振った。


「ダメです……。エルフ語かと思いましたが、見たこともない文字です。学校でも習ったことがありません」


トレグラスが石碑の上に着地して、


「これはこの地方の古代エルフ文字だよー。薬草園の入り口に立っていた石碑が、奇跡的に残ってるのさー!」


「教官は読めるんですか?」


「モチロン! ここにはねー、サステナビリティって書いてあるんだよー。エルフが好きな言葉さー。今はこの有り様だけどねぇー」

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