第24話 呪いと温泉と毒草〈2〉

 それからウォルトは粘り強く10分ほどかけてギフト【草】のことを説明した。

 実の親からも理解を得られなかった難題を解決するのに、フロルの言葉は大きな助けとなった。


「だ・か・ら! 本当に【草】の一文字だったらしいのっ! まあ、私は実際に文字を見たことないけど……。それでも、ウォルトが発揮する力は『草』としか言いようがないんだからね!」


 案外口下手なウォルト1人では決して理解されなかっただろう。

 しかし、フロルの「そうだからそう!」という力押しの説得によって、温泉同行隊のメンバーは渋々ではあるがウォルトのギフトのことを理解しつつあった。


「アタシは結局それが温泉を見つけるための力になってくれればいいから、ギフトの名前なんて気にしないわ~!」


 雇い主であるローウェがこの調子なので、他のメンバーもそれに従う。


「すべてが得体の知れない存在ですが、まあそれが味方にいるうちは気にしないであげましょう」


 奇術師マジナはシルクハットを被り直してそう言った。


「草ねぇ……。何度聞いても理解出来ねぇけど、別に無理して理解する必要もねぇか」


 ルーブは両手をひらひらさせてお手上げといった様子だ。

 だが、これで再び温泉探しに戻れるだろう。


「とりあえず、俺はこの力でみんなを傷つける気はありませんので。むしろ、傷ついた時には言ってください。草の力ですぐに治してみせますよ」


「自己アピールの時に殴りかかって来た男の拳を治したのも草の力ってわけか。そして、そもそも男の拳を砕くほど強靭きょうじんな肉体も草による産物さんぶつ……か。ハハッ、確かに味方にいるうちは頼もしいじゃねぇか。ギフト【草】ってのもよぉ!」


 やはり謎の力というのは警戒される。

 だがしかし、この山の中ではその力が頼られている感じもある。

 ウォルトは自分の力を誇るでもなく、おごるでもなく、人のための愉快な力だとアピールすることを意識した。


「フロル、温泉の位置は見失ってないかい?」


「もちろんよ、ウォルト! 一度位置を捉えたからね。ウォルトの魔力を借りなくても場所はわかってるし、ちゃんと案内してるよ」


「それは頼もしい限りだ」


 温泉同行隊は一丸となって山の中を進む。

 そして、数十分ほど順調に登った頃――


「魔獣の気配がする……!」


 ウォルトが全体に聞こえる声で言った。


「マジか……!? 俺の鼻はそこらへんの木や草にこびりついた古い魔獣の臭いくらいしか感じ取ってねぇぞ!」


 ルーブが驚いて真剣に鼻をくんくんさせている。


 草を食べて強化されたウォルトの五感――もちろん嗅覚も含めてすべてが獣人であるルーブをも上回っている。

 しかし、それを言うと彼の心を傷つけそうなので、ウォルトはあえて言わない選択をした。


「えっと、これも【草】の力の一種……みたいなもんです!」


「おいおい、草ってすげぇな!?」


「あはは……ん? 向こうの魔獣もこっちのことを察知している……? 真っすぐこっちに突っ込んで来る!?」


 研ぎ澄まされた五感でやっと感じ取れる距離なのに、魔獣の方も温泉同行隊の位置を把握しているかのように突撃して来る。


(野生の第六感……みたいなものか?)


 突撃してくる魔獣を把握出来ているのはウォルトだけなので、ウォルトが戦闘に立って魔獣を迎え撃つ。

 木々の間を抜け、茂みを踏み越えて現れたのは、高さ3メートルはあろうかという猪に似た魔獣だった。

 体毛はケバケバしい紫色で、バイパーバレーに棲む魔獣に恥じない毒々しさがある。


「ベノムボアかよっ! 毒草を食べて育つ猪型魔獣だ! 肉や内臓に毒があり、下手に血を浴びると体に害がある! これだけ大きければ危険度Bは超えて来るだろうなぁ……! 腕っぷしに自信がない奴らは下がってろ! 俺も出来るだけ飛び道具で……」


「うんりゃっ!!」


 ルーブが色々解説している間に、ウォルトがベノムボアの突進を受け止めていた。

 その衝撃で周囲の空気が揺れ、突風が吹き抜ける!


「……おい、普通の人間ならミンチだぞ」


「なら、これが普通じゃないギフトを持っている証拠になりますね。どおりゃっ!!」


 ウォルトはそのままベノムボア持ち上げ……谷の方へと投げ飛ばした!

 こうなると、その場にいる全員がただただ落ちていくベノムボアを見守るしかなかった。


「今みんなの中に浮かび上がった不思議な気持ち――それが草です! 『わけがわからなくて草』ですっ!」


 フロルの補足説明が入ったが、今の状況で草を理解出来る者はいなかった。

 ただ、ウォルトが本当におかしな奴だということはみんなよーくわかった。


「それにしても、ウォルト氏が事前に襲撃を察知していなかったら危なかったですね。魔獣はたまに人間を遥かに超える鋭さを見せることがありますが、それで我々の存在を察知されたでしょうか?」


 奇術師マジナが腕を組んで疑問を述べる。

 しかし、誰もその答えを持ち合わせていない。


 一行は登山を再開し、それから数分後――


「また来た……!」


 次は巨大で紫色の熊型魔獣が突撃を仕掛けて来た。

 ウォルトは熊とがっぷりと組み合い、ものの数秒でまた谷の方へと投げ飛ばした。


「ここらへんが凶暴な魔獣の巣窟だってのは事前にわかってたことだけど、ここまで巨大な個体がいるとは……」


「昔の商人たちはよくこんなところを通ってたよねぇ~。ウォルトくらい強い用心棒を雇ってないと、誰も通り抜けられない気がするけど」


 ウォルトとフロルが何気ない会話をしていると、また木々の向こうからガサガサと茂みを踏みつけながら迫る気配が現れた。


「またか……」


 今度は2頭の猪型魔獣だった。

 同時に迫って来られては組み合っているわけにもいかない。

 ウォルトは右の裏拳うらけんと左の正拳でそれぞれ猪を殴り、谷の方へと吹っ飛ばした。


「今の軽いパンチでそんな威力が出るのね……!」


 寛容かんような性格のローウェも流石にドン引きしている。

 簡単に倒せているように感じるが、普通ならベテラン冒険者が複数集まってやっと相手が出来る魔獣なのだ。


 これ以降、そんな魔獣たちが……3分おきにどんどん襲い掛かって来る!


「ここの魔獣たちは勘が鋭いみたいだ」


「そうね」


「そんなわけあるかいっ! 狙われてんだよ俺たちはっ!!」


 のんき過ぎるウォルトとフロルに噛みつくようなツッコミを見せるルーブ。

 冒険者である彼だからこそわかる。

 これだけ広い山でこんなに連続して魔獣に出会うことは、こちらから群れに突っ込むでもない限りあり得ないことだと……。


「方法はわからないが、魔獣を使って俺たちを狙ってる奴がいる! こちらの位置も動きも把握されているぞ……!」


 だが、ここは深い山の中――

 周囲には背の高い樹木も生えており、とてもじゃないが遠くから見張れる環境ではない。

 ならば、温泉同行隊を狙ってくる敵はどこにいるというのか……。


「まさか、スパイが紛れ込んでるとか!?」


 全員の心の中に浮かび上がっていた可能性を、フロルは口に出してしまった。


「今みんなの中に浮かび上がった不思議な気持ち――それが草です。『それを言ったらおしまいで草』です」


 ウォルトの補足説明に草を生やして笑顔になってくれる者はいなかった。

 ただ、ウォルトとフロルは真っ先にスパイの容疑者から外された。

 こんな奴らにスパイは務まらないと思われてしまったのだ……。

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