第10話 ドキドキで草
「ほれ、あれが私らのやってる宿屋『
ファムが立派な木造建築を指さす。
「私らの家も
これだけ大きな宿屋を構えて、果たして需要はあるのか……。
そもそも、どうやって維持するだけの金を用意しているのか……。
ファムの説明を聞いて、ウォルトの頭の中に疑問が渦巻く。
ただ、それ以上に気になる点が一つあった。
「その……『今際の亭』って名前の由来は何でしょう?」
今際という言葉には『死にかかっている』とか『死に
とてもじゃないが、客商売をやる店に名付ける言葉と思えない。
「ヒヒヒ……
ファムが怪しく笑うので、ウォルトはより名前の由来に興味が湧いた。
普通の人間なら客を殺して金品を奪っているのではないかと不安になるところだが、今のウォルトを殺して何かを奪える人間がこの世にいるとは思えない。
そして何より、今のウォルトはすっからかん……。
金目の物どころか来ている服すら盗んだところで売り物にならない悲惨な状態だった。
(まあ、人の肉や生き血、内臓が欲しいって話なら俺からでも取るものがあるかな? 『お前は草食だから内臓はとっても健康的で価値がある!』……なんて言われたら素直に草だ)
恐ろしい想像も今のウォルトなら笑い話になる。
他者へ少しばかり草のエネルギーを分け与えた程度で、その肉体に宿るパワーは
「さあ、入っておくれよ」
ファムとフロルが両開きの扉を開き、ウォルトを宿の中に
「おぉ~! 思ったより広いし、とってもオシャレな内装で草!」
エントランスは天井まで吹き抜けで、天窓からは太陽の光が直接差し込む。
木造ゆえに木の温かみがある空間は、屋内なのに大自然の中にいるかのような開放感を味わえる。
「受け付けはこっちで勝手にやっておくさ。名前は聞いてあるからね。フロル、風呂に湯を溜めて来るんだ」
「は~い!」
ファムの指示を受けたフロルは、宿の奥の方へ小走りで向かった。
「お前さんはソファに座ってまってるんだよ」
「ありがとうございます。ただ、俺の服はあんまり綺麗じゃないので……」
「気にすることはないさ。魔獣の革で作ったソファはちんけな汚れなんて染みつかない。後で拭き取れば済む話だよ」
「……では、お言葉に甘えて」
ウォルトは革張りのソファにお尻を沈める。
魔獣の革が使われているとのことだが、特に感触が硬すぎることはない。
中に入っているクッション素材も
「あぁ……久しぶりに感じる文明の柔らかさだ……」
騎士団長の息子として暮らしていた時は、当たり前に
獣のように三か月樹海を駆け回っている間に、ウォルトは忘れてしまそうになっていた。
「お前さんがうとうとして寝てしまう前に、この宿の名前の由来を話しておうこうかね」
うとうとしていたことを見透かされたウォルトはシャキッと背筋を伸ばし、ファムの話を聞く。
「ヒヒヒ……別に人を取って食おうって話じゃないのさ。ここはあの未開の地――フングラの樹海に最も近い集落らしくてね。あの樹海の謎を解き明かすとか、土地を切り
「そういう人たちから稼いだお金で、これだけの宿を……」
「建てられないと思うだろう? 高級宿ってわけではないからねぇ。だが、そこはちょっとした悪知恵さ。辺境の村だから食材や日用品の仕入れが高いとか言って料金を上乗せし、もし樹海から帰って来なかった場合は、預けていた持ち物をこちらで処理すると伝える……ヒヒヒ」
「こちらで処理って……まるっと貰っちゃうってことですか?」
「そういう契約書を書いてもらうのさ。この宿を中継地点に樹海へ挑む輩は多い。そして、帰って来ないことがほとんどだよ。後始末のことまで決めとかないと、宙ぶらりんの預かり物ばかり増えて困っちまうんだ」
「なるほど……」
わざわざ未開の地に挑もうとする人間は、暇と金を持て余していることが多い。
そう言った客からしっかり金をいただき、もしもの時には残った物品もいただく。
この流れで『今際の亭』は発展して来たのだ。
「フングラの樹海という死地へ向かうための宿……ゆえに『今際』ということさ」
「納得しました。素晴らしい……と言うと不謹慎かもしれませんが、センスのあるネーミングだと思います」
「ヒヒヒ……ありがとさん。さて、次はお前さんのことを詳しく聞かせてもらいたいとこだね、ウォルト・ウェブスター殿。ボーデン王国騎士団の団長ノルマン・ウェブスターの
ウォルトは言葉に詰まった。
自分の身の上はすでに自分で明かしている。
そして、自分の能力もすでに自分から見せている。
知られてないのはフングラの樹海に叩き落された
(……ちょっと真剣な雰囲気で悩んでみたけど、もはや隠すようなことなくて草)
「話してくれたら、三日くらいはタダで飯を出そうと思ったんだがねぇ?」
「はい、話します!」
元気よく返事をするウォルト。
草さえ食えば体は維持出来るが、草ばかり食わされていては心が弱る。
忙しい時に食事の時間を減らせるから便利だとしても、そんなことを続けていては心が
覚醒の間でウォルトが【草】のギフトに目覚めた時、能力値の中で精神面の強さを表す『気力値』だけがその場で減少した。
それは草さえ食えば無敵に思えるギフト【草】に数少ない弱点があることを表していた。
「おっす~! 婆ちゃん、ちゃんと風呂溜めて来たよ~! ……で、何の話してるの?」
オレンジの髪をなびかせ、フロルがエントランスに戻って来た。
「俺のことを話そうと思ってたんです。フロルさんにも、ぜひ聞いてほしいです」
「フロル……さん? へぇ~、ワイルドな見た目してるのに、結構そういうところ真面目くんなんだねお兄さん」
「あっ、いや、きっと俺の方が年下だと思いますから……。ギフトを貰いたての14歳なので……」
「……えっ!? 14歳!? 私よりも2歳も年下!? こ、こんなにおっきいのに……?」
フロルは目を見開いて驚愕する。
てっきり年上だけど女性に対して不器用なお兄さんだと思っていたのだ。
(まさか、年下の男の子だったなんて……! 言われたって信じられない! でも、自分より小さい子が勇気を出して私のことを守ってくれたと考えると……年上よりドキッとするかも!)
フフフ……と意味深な笑いを浮かべるフロル。
ペタペタとウォルトの筋肉質な腕を触る。
「本当に14歳なの? この体で……!」
「は、はい……すいません。ただ、この体になったことと【草】の力、そして俺がフングラの樹海にいたことはすべて関係しているんです。その内容に納得出来るかはわかりませんが、興味があれば……」
「聞く聞く! ぜひとも聞かせて!」
フロルはウォルトの隣に座り、その体を寄せる。
お互い服の
「これっ、フロル! その聞き方じゃ話が長引いて溜めた湯が冷めるよ。私と一緒にこっちのソファにすわんなさい」
「仕方ないなぁ~」
テーブルを挟んで向かい側のソファにフロルとファムが座る。
胸の高鳴りで呼吸が乱れていたウォルトは、やっと落ち着いて深く息を吸う。
「それでは……話します。すべての始まりは王城で行われた秘術覚醒の儀からでした」
ほんの三か月前とは思えない――あの時の話をウォルトは始めた。
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