文学少女の心霊事件簿

犬斗

第1話 二種類の金縛り その一

 深夜、目が覚めると私の体が動かない。


「う、ううう、ううう」


 声を出そうにも、上手く声が出ない。

 頑張ってやっと唸るような声が出せる程度。

 

 これが噂に聞く金縛り。


 私は天井をぼうっと見つめる。

 目の前は真っ暗な天井しかない。

 体が動かないのは怖いけど、寝てるのか起きてるのかも分からず、また寝てしまった。


 翌朝、目を覚まし、お母さんに伝える。


「お母さん、昨日……金縛りにあったの」

「あら、疲れてるのよ。金縛りはね、体は寝てるけど脳が起きてる状態なのよ」

「そうなんだ。でも、怖かった。体が動かないんだもん」

「そうね。お母さんも何度かかかったことがあるけど、確かに怖いよね」

「またかかるの嫌だな」

「もし怖かったら一緒に寝る?」

「も、もう! 私は中二だよ! 大丈夫だよ!」

「うふふふ、そうね。ごめんね」


 お母さんが私の頭を撫でてきた。


瑞穂みずほ。金縛りはね、疲れてる時に起こりやすいのよ。ちゃんと科学的にも証明されている症状だから心配しなくても平気よ」

「うん、分かった」

「無理しなくていいからね。勉強もたまにはサボっちゃっていいわよ? あなたは自分でしっかりできる子だもの」

「ありがとう、お母さん」


 ――


 初めて金縛りに遭遇してから数週間。

 あれ以来金縛りは起こらず、特に変わらない日々を過ごしていた。

 だけど、ここ最近はあまり調子が良くないというか、気分が優れない。

 時折、現実にいるのかよく分からない感覚に陥ることもあった。

 地面を見ながらトボトボと通学路を歩いていると、ポンと肩を叩かれた。


「瑞穂おはよう。どうした? 元気ないぞ」

「あ、冬衣とうい君。お、おはよう。な、なんでもないよ」


 クラスメイトの冬衣君だ。

 クラスの男女に分け隔てなく声をかける陽気で優しい人気者。

 暗い私にも声をかけてくれる。


「ふーん、瑞穂。なんかあったら言えよ?」

「え? う、うん。ありがとう」


 冬衣君は他のクラスメイトに声をかけながら、校門へ走っていった。


「瑞穂おはよう!」

陽菜ひなちゃん! おはよう!」


 幼馴染の陽菜ちゃんが声をかけてくれた。


「今の冬衣でしょ? あいつ見た目良くて女子に人気あるけど、キモいよね」

「別にキモくないよ?」

「瑞穂、冬衣に気に入られてんの?」

「え? そ、そんなことないよ。クラスメイトなだけ。冬衣君は皆に優しいもん」

「もう、あんたはいつも自信がないんだから。あんただって相当可愛いんだよ? 暗いけど」

「陽菜ちゃん!」

「あはは、陽菜は今日も可愛いな」


 陽菜ちゃんは、勉強ができてスポーツも得意な私の憧れの存在。

 よく三年生に告白されている。


 校舎に入り教室の前で陽菜ちゃんと別れた。

 陽菜ちゃんは二組、私は四組だ。


 いつもと同じように時間は進む。

 お昼になると陽菜ちゃんが私のクラスに来た。


「みーずほ! お弁当食べよ!」

「うん!」


 陽菜ちゃんはいつも私と一緒にいてくれる。


「なんだよ。また来たのかよ陽菜」

「あんたに関係ないでしょ冬衣」


 陽菜ちゃんの姿を見た冬衣君が話しかけてきた。

 好きな子にちょっかい出すって言うけど、もしかして冬衣君は陽菜ちゃんが好きなのかな。


「ちょ、ちょっと二人とも仲良くしてよ!」


 私から見ると美男美女でお似合いだと思う。


「今日は俺も混ぜてもらうよっ、と」

「何勝手に混ざってんの!」

「うるせーな。今日は瑞穂と弁当食いてーんだよ。お前はついでだ」

「はいはい、私はついでですよ」


 冬衣君が私の正面に座り、風呂敷に包まれた大きな、とても大きなお弁当箱を机に置いた。


「と、冬衣君。お弁当箱凄いね」

「もうさ、恥ずかしいんだよ。何で学校の弁当で重箱なんだよ。しかも三段だぜ? 皆で食べよう」


 冬衣君が重箱を開ける。

 お正月しか見ないような豪華な料理の数々。


「すごっ! そういや、あんたんちお寺だっけ? やっぱ良いもん食べてるね」


 陽菜ちゃんは遠慮せずに食べ始めた。

 せっかくなので私もいただく。


「うわあ、このほうれん草のおひたし美味しい!」

「ごほっ! あははは! ちょ、ちょっと瑞穂、あんたの好み年寄りくさいって! 笑わせないでよ!」

「もう! 陽菜ちゃん! このおひたし手作りで本当に美味しいんだよ!」


 冬衣君が箸を止め、私の顔を見ている。

 その目は若干潤んでいた。


「瑞穂だけだよ。そう言ってくれるの」

「そ、そうかな。でも、こんなお弁当作ってくれるなんて、本当にいいお母さんね」

「まあな。でもよ、母ちゃん張り切って作るんだけど、いくら成長期とは言えこんなの一人じゃ食えねーんだよ」

「うふふ、じゃあまた今度陽菜ちゃんと私で……」

「そうか! じゃあ明日も一緒だ!」

「え!? あ、明日も?」

「そうだ!」


 立ち上がった陽菜ちゃん。

 同時にバシッという音が響く。


「瑞穂が引いてるでしょ!」

「いてーな! 馬鹿力女!」


 冬衣君の背中を叩いた陽菜ちゃん。

 言い争いながらもお弁当を食べ終わった私たち。

 冬衣君はポットも持参していて、緑茶を出してくれた。


「やっぱ食後は熱い緑茶に限るぜ」

「じじいかよ」

「うるせーな!」


 また言い争ってる二人。

 でも、私は仲が良いと思う。


 すると、冬衣君が私の顔を真剣な表情で私を見つめてきた。


「あ、瑞穂」

「なに?」

「お前、金縛りって知ってる?」

「え? 金縛り? 実は……一度かかったことがある」

「あー、やっぱり? 一応教えとくけど、もし前もって金縛りにかかりそうって思った時は、必ず窓に背を向けて寝ること」

「え? わ、分かった」

「で、金縛りにかかったら絶対に目を開けず、声を出さず、答えないこと。いいか?」

「え? う、うん。分かった。でも何で私に金縛りのことを?」

「んー。なんかお前暗いから。ははは」

「ちょっと! 冬衣君!」

「ごめんごめん!」


 横で耳を塞いでいた陽菜ちゃん。

 冬衣君が笑ってる姿を見て、耳から手を戻した。


「おい! 冬衣! 突然怖い話すんな!」

「え? お前そういう系苦手なの?」

「うるせーな!」


 突然、冬衣君が金縛りの話をしてきて驚いたけど、私は冬衣君の言いつけを守ろうと思った。


「あとさ瑞穂。ちょっとさ、伝えにくいんだけど……その……あの……髪の毛一本貰えるかな?」

「え? 髪の毛?」

「いや、キモくないよ? 俺キモくないからな! 違うんだよ!?」


 陽菜ちゃんがガタンと椅子を鳴らし、後ずさりした。


「ま、待て陽菜! これにはわけが! 陽菜の考えは分かる! 分かるが俺はキモくない!」


 陽菜ちゃんは、まるで教室に出たムカデを見るかのような目で冬衣君を見つめている。


「気持ち悪……」

「違うっつーの!」


 私は別に冬衣君なら構わない。


「うふふ。いいよ。でも何に使うの?」

「ほら、俺の家って寺じゃん? ちょっとね、おまじないに使うんだ」


 私は道具箱からハサミを取り出し、髪の毛を根本から一本切った。


「あのねえ、瑞穂の髪の毛って、黒くて長くて本当に綺麗なんだよ? あんたマジで感謝しなよ? あと思春期だからって変なことに使うなよ?」

「使わねーよ! 瑞穂ありがとう」


 変なことってなんだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る