第26話 美鈴の恋

◆SIDE:宮村美鈴


独身荘に入居したのは、単に家賃が安くて会社から近かったから。それ以上でも以下でもないし、別に友達を作りたいわけでもなかった。

だけど、案外年上の独身お姉さまたちとの生活は楽しい。完全に独身拗らせている、図書館司書の冴子さん。アプリだの街コンだのあやしい婚活に手を出しまくってる、恋愛脳の桃花さん。仕事一筋って顔でハイスぺ男漁りに余念のない、社長秘書の美月さん。おっとりしすぎて後輩に男を寝取られた(のち、速攻で男を作ったあたり、案外一番のヤリ手かもしれない)銀行員のサクラさん。

先輩方の紆余曲折ありまくる恋愛の話を聞いていると、なんか一昔前の海外ドラマを見ているみたいでめちゃくちゃおもしろい。


――そして、ひとつだけはっきりとわかったことがある。年を重ねれば重ねるほど、人は恋愛をこじらせてしまう、ということだ。

だから私はもっと、ストレートにいく。



=====



私には、好きな人がいる。大手の食品メーカーに入社して、まだ半年足らずの私の教育係である、東間チーフだ。


「チーフ!ちょっとお聞きしたいことがありまして、お時間よろしいでしょうか?」


 チーフのデスクまで小走りで駆け寄り声をかけると、うずたかく積まれた書類の間から、チーフが「ん?」と顔を出す。


 はい、この小首をかしげる感じがもう最高にカワイイ。29歳とは思えない。


「いいよ、どうした?」


 柔らかく微笑んで、チーフが私の手元の発注資料をのぞき込む。はい、この優しい笑顔、たまんない。一見すると凶悪そうな顔立ちで目つきも悪いけど、笑うと目じりが思いっきり下がって、めちゃくちゃ可愛い。


「ここの積算がどうしても合わなくて」

「あーここね、元データの関数が間違ってんだな…」


 チーフがパソコンで共有フォルダから見積もりのデータを開き、カタカタと数字をいじってくれる。


「よし、直った。これでもう一回作ってみてくれる?」


 はい、ちょっと得意げにモニターを指さす仕草が、百点満点で可愛い。チーフしか勝たん。ああ、胸がキュンキュンする。


「ありがとうございます~!さすがチーフ、助かりました」

「そこだけ直したら、担当者に送っといて~」

「はーい。あっ、そろそろランチですね」


 わざとらしく時計を見上げた私に、チーフは「ホントだ」と腕時計を確認する。


「お昼、ご一緒してもいいですか?」


 甘えた声を出す私を、チーフがじろりとにらむ。ああー……先輩としての威厳を守ろうと、このわざと威嚇して見せてる感じが絶好調にキュート。写真撮りたい。


「おまえなぁ、毎日毎日、メシ時を狙ってたかりにきやがって…」

「たかるなんてとんでもない!チーフと親睦を深めたいだけです♡」


 にっこり笑って言い返すと、チーフは険しい目つきを一瞬で緩ませ、おかしそうに肩をゆすって笑った。


「しょうがねぇな、外食いにいくか」

「やったぁ♡ラーメンにします?定食屋さん?」

「おまえの好きなほうでいいよ。まったく、おごらせ上手な新人め」


 そう言いながらもチーフはまんざらでもなさそうで、その屈託のない笑顔を見ているだけで私は昇天しそうになる。


――本当に、本当に、チーフは可愛い。



 初めて会ったとき、チーフはちょっと怖い人に見えた。


 短髪で筋肉質で、幼く見える顔立ちなのに目つきが悪く、ドスの効いた声で言葉遣いも少し乱暴。だから、私の教育係がチーフに決まったと紹介されたときは、正直ついてないなぁと思ったものだ。


 だけど、チーフは見た目の印象とは180度違う人だった。目つきの悪さは生まれつきで、本当はめちゃくちゃに優しい、困っている人は絶対に放っておけないタイプのお人よし。


有能で、世話焼きで、周囲からも頼られていて、だけど時々ちょっと抜けていて……私はあっという間に恋に落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る