第2話 出会い

 忘れ物をした講義室から学生課の窓口がある棟まで少し距離がある。歩いている間、お気に入りの曲を聞くことにした。何かで気を紛らわせていないと、失くしたショックで叫んでしまいそうだ。

 5分歩いて、学生課の窓口に辿り着く。耳に着けていたイヤホンは外してケースにしまった。いざ職員の人に声を掛けようと思ったところで、窓口に先客が居たことに気付く。


「これ、講義室にあった忘れ物です」


 鮮やかな青に染められた長い髪が綺麗な女子学生が、忘れ物を届けに来ていた。どんな忘れ物なのだろう、と近付いてみるとよく見覚えのある物が見えたので焦る。


「わ、私のです!」


 大きな声を出したことで、女子学生と学生課の職員の2人が同時に私の方を見た。女子学生の手には、私の障害者手帳が握られている。賭けた通り、持って行ったのは心優しい人だった。


「じゃあ、本人確認するので学生証出してください」


 職員の人に言われ、財布から学生証を取り出し渡す。障害者手帳の名前と学生証の名前が一致していることが確認されると、無事私の元に障害者手帳が戻ってきた。様々な手続きに必要な物なので、二度と置き忘れないようにしたい。

 私が忘れ物を再び手にした喜びに浸っていると、届けてくれた女子学生がその場を立ち去ろうとしていた。お礼を伝えようと後を追いかける。幸いなことに女子学生は近くの休憩スペースに座っていた。女子学生は本当に綺麗な髪をしていて、ここまで青くするのにいくら掛かったんだろう、と余計なことを考えてしまう。3限に受けていた講義は1年生が履修する学科の必修科目だから、この女子学生も私と同じ1年生で学科も同じ可能性が高い。それなのに、私は彼女に見覚えがなかった。必修科目を落とした上級生の可能性も少なからずある。


「あの、先ほどは忘れ物を届けてくれてありがとうございました」


 私が声を掛けると、女子学生はスマートフォンを操作する手を止めて私の顔を見る。そのまま私を見つめるだけで、何も話そうとしない。その目は妙に鋭かった。

 相手が何も話さないので、私も話せない。お互い無言のままで居るのはきつい。早く何か話してくれ、と念じたのが通じたのか女子学生はようやく口を開いた。


「……障害があるの?」


 本日2回目の、血の気が引いていく感覚に襲われる。どうしてわざわざ聞いてくるのか。もしかしたら、心優しい人ではなく意外と冷たい人なのかもしれない。

 隠そうとしたところで、障害者手帳を見られていて私に障害があることは明白だから、素直に彼女の問いに頷く。


「ふーん」


 女子学生からは素っ気無い返事が返ってきた。反応が怖い。私が障害者であることをネタにして、お金をゆすられたり大学内でパシリにされたりするのだろうか。その上で、他の学生に言いふらしたりするかもしれない。最悪な展開が次々と思い浮かんでくる。焦りすぎて脈拍が速くなっていた。


「で、出来れば他の人には私が障害者だって言わないで欲しくて! 私が出来る範囲のことであれば何でもするので!」


 早口で捲し立てるように話しながら命乞いをした。すると、女子学生はきょとんとした表情になる。私は良くないことを口走ったのかもしれない。今更遅いかもしれないが、手で口元を覆った。


「そんなに焦らなくても、誰にも話さないよ」


 先ほどまでの鋭い視線から一転、女子学生から優しい目と言葉を貰う。女子学生はスマートフォンを机の上に置くと、こちらに体ごと向いて背筋をぴんと伸ばした。


「社会情報学部社会情報学科1年の堀江瑠璃子です。あなたは?」

「1年の野々原透子です。学科は堀江さんと同じです」


 女子学生もとい堀江瑠璃子さんは、やはり同じ学科だった。それにしても、瑠璃子とは綺麗な名前をしている。髪が青いのは、名前に合わせているのだろうか。


「透子って綺麗な名前だね」

「え!? ありがとうございます!」


 心の中で人の名前を褒めていたら、自分の名前が褒められたので驚く。少し過剰なリアクションを取ってしまったかもしれない、と軽く後悔したが堀江さんは気にしていないようだ。


「透子のことは誰にも言わないから安心して。色々事情があると思うし」


 堀江さんは誰にも言わないと宣言してくれた。評価が二転三転してしまったが、やっぱり心優しい人だった。理解があって私も助かる。こんな素敵な人に障害者手帳を回収して貰えたことが奇跡だし、何かお礼がしたい。


「言わないって言ってくれてありがとうございます。それで堀江さんに」

「同じ学年なんだから、タメ口で良いよ。あと名前で呼んでくれても良い」

「瑠璃子ちゃん」

「呼び捨てで良い」

「じゃあ、瑠璃子……にお礼がしたくて。拾って貰ったのは、私にとって凄く大事な物だから」


 初対面なのに、瑠璃子から有無を言わさぬ圧をかけられて呼び捨てになる。今まで出会ったことの無いタイプの性格をしていて、少しドキドキしていた。

 お礼ね、と呟きながら瑠璃子は顎に手を当てながら考え込んでいる。どんなことを要求されるのか、と身構えていると瑠璃子から聞こえてきた言葉は予想外のものだった。


「私に、障害とか障害者について詳しく教えて」

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