第85話 アザラシ

 

 ──翌日。私は早朝から、ルークスたちと一緒に流水海域へと向かった。

 私は既に、五つのマジックアイテムを装備していたから、光る延長の指輪を外して、スノウベアーのマントを装備したよ。


 フィオナちゃん曰く、防寒対策はこれ一着で十分らしい。マントの下はいつも通り、白いブラウスと濃紺色のスカートで大丈夫そう。

 パーティーメンバーは私、スラ丸一号、三号、ティラ、ルークス、トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ニュート様。かなりの大所帯になったね。


 道中にある雑貨屋で、私とフィオナちゃんはリュックサックを購入した。これは街中でスラ丸を隠すためのもので、ペンギンを模した可愛い形をしているよ。

 お揃いだけど色が違って、私が白黒、フィオナちゃんが白青のツートンカラー。

 マジックアイテムじゃない安物なのに、私たちは一目で気に入っちゃった。


 スノウベアーのマントも可愛いし、ペンギンのリュックも可愛い。

 なんか、『これからダンジョン探索だ!』って格好には、とてもじゃないけど見えないね……。

 すれ違う一部の冒険者たちが、私たちに心配そうな眼差しを向けてくる。


 ……あっ、でも、ベテランっぽい人たちは、私たちを見て感心している様子だ。

 多分、スノウベアーのマントの性能を知っているんだと思う。


「そうだわ! アーシャ、この機会にアザラシをテイムしたら? 欲しかったんでしょ?」


「うんっ、テイムする! ずっと欲しいと思ってたの!」


 私はフィオナちゃんの提案に乗っかって、今からアザラシの名前を考え始めた。

 流水海域には子供と大人のアザラシがいて、私がテイムしたいのは前者だよ。


 子供アザラシは体長が八十センチくらいで、白いフワフワの毛が生えている魔物なんだ。

 円らな瞳が愛くるしくて、ハの字の丸っこい眉毛みたいな模様があるから、なんだか常に困っているように見える。そんなところも、個人的にはポイントが高い。


 リュックの中でスラ丸が暴れ出して、『可愛い従魔なら自分がいる!!』と主張してきたけど、可愛さで子供アザラシと勝負しようだなんて、烏滸がましいよ。スラ丸の土俵は利便性でしょ。


「──アーシャ、流水海域へようこそ! ここが、オレたちの冒険の舞台だよ!」


 螺旋階段を下りて、氷の洞窟を抜け、私は初めて流水海域の第一階層に足を踏み入れた。

 このタイミングで、ルークスが自慢げな笑みを浮かべながら、まるで自分の庭に招き入れたかのように、私を歓迎してくれたよ。


「おおー……。スラ丸の視点で何度も見ていたけど、自分の目で見ると、それなりに感慨深いかも……」


 疎らに白雲が浮かんでいる青空と、無数の流氷が漂っている青海。

 こんな環境が街の下に広がっているなんて、やっぱりここはファンタジー世界なのだと、改めて実感させられる。


 みんなは慣れた様子で流氷を選び、ぴょんぴょんと軽快に飛び乗っていく。

 鈍重なシュヴァインくんでも、当たり前のようにやっていたから、私も飛び乗ろうとしたんだけど──足が滑った。


「「「──ッ!?」」」


 みんなが私に駆け寄ろうとした瞬間、私の影からティラが飛び出す。

 私はティラに軽く頭突きされて、流氷の上に押し遣って貰えたよ。


「……せ、セーフ!! ティラっ、ありがとう!!」


 わしゃわしゃとティラを撫で回していると、私の頭にトールの拳骨が落ちた。


「馬鹿かテメェ!? 出来ねェことをやろうとすンなッ!!」


「は、はい……。ごめんなさい……。みんな簡単そうにやるから、つい……」


 痛い。たんこぶが出来るほどじゃないけど、涙が滲むくらいには痛い。

 私は運動音痴なんだって、肝に銘じておかないとね……。

 出だしから危ない目に遭って、幸先が悪いけど……こうして、私の冒険は本格的に始まった。



 ──流氷に揺られて、早くも十分が経過したのに、魔物が全然現れない。

 子供アザラシはまだかな? そろそろかな? もう来てもいいんじゃないかな?

 こんな感じで、ずっと肩透かしが続いているよ。


 最初は景色を眺めているだけで心が躍ったけど、代わり映えしないから飽きてしまう。

 そんな私の様子を察して、シュヴァインくんが気を利かせてくれた。


「し、師匠……!! つ、釣りでも、どうでしょう……!?」


「なんか、接待みたいだね……。まぁ、やってみようかな」


 私はスラ丸の中から釣り竿を取り出して、初めての釣りに挑戦する。

 硬すぎて食べられなかったパンがあるから、これを餌として使おう。家の近くにあるパン屋さんには、こういうパンがたまに混ざっているんだ。

 千切れないほど硬いので、そのまま括りつけて大物を狙う。釣りには全然詳しくないけど、マグロとか釣れたらいいな。


「アーシャ、宝箱を釣り上げるのよ! ビギナーズラックを見せなさい!」


 フィオナちゃんが飛ばしてくる野次に、思わず苦笑してしまう。


「パンで宝箱は釣れないよ。というか、第一階層の宝箱って、大したものは入ってないよね?」


「何言ってんの!? 気儘なペンギンの装飾品セット!! あれが入っているかもしれないでしょ!?」


「あ、まだそれに拘ってたんだ……」


 気儘なペンギンの耳飾り、首飾り、髪飾り。

 この三つはそれぞれ、装備していると戦闘時に、仲間ペンギンを召喚してくれる。ただし、一つの場合、召喚されるのは極低確率だよ。

 三つ揃えると、任意のタイミングで召喚出来るようになるけど、仲間ペンギンは弱っちい魔物だから、微妙なマジックアイテムなんだ。


 フィオナちゃんは耳飾りを装備していて、残り二つも欲しいみたい。


「マジックアイテムは五つまでしか装備出来ない。フィオナ、それに枠を使うのはやめろ」


「嫌よ! 枠なんてどうせ余っているんだからっ、別にいいじゃない!」


 ニュート様に窘められても、フィオナちゃんは耳飾りを死守する構えだ。

 今は良いけど、強力なマジックアイテムが揃い始めたら、きちんと付け替えて貰いたい。


「──っと、掛かった! ティラっ、手伝って!!」


 竿がぐいぐい引っ張られたから、私はティラに手伝って貰って、獲物を釣り上げるべく奮闘する。

 小魚ではあり得ない引きの強さだ。これはとんでもない大物だよ!

 このマグロ、どうやって食べてやろうか──と思ったけど、パンに食らい付いていたのは、子供アザラシだった。


 私のお口は、大トロを迎え入れる気分になっていたのに……いや、子供アザラシを探していたから、ここは喜ぶべきところだよね。

 生で見る子供アザラシは、可愛さが三割増しだけど、少し違和感があった。

 この子は普通のアザラシとは違って、体毛が桜色なんだ。


「みんな、色違いのアザラシなんて、見たことあったっけ?」


 ルークスが警戒心を滲ませながら、視線をアザラシから逸らさずに尋ねた。

 みんなは首を横に振って、心当たりがないと伝える。


「い、一応、敵襲……? 師匠、ボクが敵視、取った方がいい……?」


「うーん……。私がピンチになったら、お願い。とりあえず、最初は私だけで」


 シュヴァインくんを下がらせて、私は流氷の上に引き上げた子供アザラシと対峙する。

 みんなは万が一に備えて、いつでも私を援護出来るように、身構えてくれたよ。


 今更一匹の子供アザラシを相手に、これほどの緊張感を持つことになるなんて、誰も予想していなかっただろうね。

 子供アザラシが使うスキルは【吹雪】だけで、身体が水浸しにでもなっていない限り、あんまり脅威じゃない。

 攻撃されそうになったら【土壁】で防ぐし、仮に直撃したとしても、私にはスノウベアーのマントがあるから、大丈夫だと思う。


 問題はユニーク個体だった場合、何をしてくるのか……。

 私が知っているユニーク個体と言えば、丸くなって転がることを覚えたスラ丸。

 【竜の因子】という先天性スキルを持ち、更には人語を使えるローズ。

 それと、ルークスたちが遭遇した曲芸使いのスノウベアー。


 どのユニーク個体も凄いけど、通常の個体と比べて、埒外の強さを持っている訳じゃない。目の前のアザラシも、脅威度はそんなに高くないはず……。

 大丈夫っ、強敵じゃない! 私の方が強いよ!


 自分にそう言い聞かせて、私は目に見えない繋がりを伸ばした。

 アザラシの心に触れてみると、抵抗はそんなに感じられない。性格は怠け者みたいだから、私との相性も良さそうだね。

 押せばいけると思って、強気な交渉をするように繋がりを押し付ける。

 すると、呆気なく根負けしてくれて、テイムに成功した。


「やった! テイム出来た!! みんなっ、ありがとう!!」


「それならもう、抱き締めてもいいのよね!? 普段は敵として出てくるから、愛でることなんて出来なかったけど、ずっと頬擦りしてみたかったのよ!」


 フィオナちゃんが私よりも先に、子供アザラシをギュッと抱き締めて、そのフワフワを堪能した。よっぽど質感が素晴らしいのか、笑顔が蕩けている。


「戦わなくてもテイム出来るなんて、アーシャは凄いね!」


「えへへ……。これでも私、レベル19の魔物使いですから!」


 ルークスに褒められて、私は少しだけ調子に乗りながら胸を張った。

 ちょっと前まで、魔物使いのレベルは17だったけど、スラ丸がゲートスライムに進化して1レベル、聖女の墓標でカマーマさんと共闘してから、更に1レベル上がったんだ。


 ──さて、アザラシの名前はどうしようかな?

 ゴマアザラシの赤ちゃんみたいだから、略して『ゴマちゃん』とか……?

 うーん……。うんっ、決定! よろしくね、ゴマちゃん。


「なァ、結局こいつはユニーク個体だったのか?」


「ああ、それは間違いない。ステホを使えば分かるが、普通のアザラシとは持っているスキルが違うからな」


 トールの問い掛けに、ニュート様がステホを弄りながら答えた。

 私もステホでゴマちゃんを撮影してみると、種族名は『アザラシ』なのに、持っているスキルは【吹雪】ではなく、【花吹雪】だったよ。


 一文字多いだけなのに、このスキルは全くの別物。

 これは、ランダムな花弁を口から吹くスキルで、麻痺状態を誘発させる黄色い花弁、睡眠状態を誘発させる桃色の花弁、毒状態を誘発させる紫色の花弁、状態異常を治す緑色の花弁という、四つのパターンがあるみたい。


 どれもそんなに効力は高くなくて、四分の一の確率で相手の状態異常を治しちゃうけど、【吹雪】よりも厄介なスキルだと思う。


「ゴマちゃん、試しにスキルを使ってみて」


「キュー! キュー!」


 私の指示に従って、ゴマちゃんは可愛らしい鳴き声と共に、スキル【花吹雪】を使った。

 すると、その口から黄色い花弁が撒き散らされる。百合みたいな形の花弁だよ。


 驚くべきことに、この花弁は時間経過で消えなかったから、【花吹雪】は生産系のスキルとして見ることが出来る。

 どの花弁を出すのか選べないので、融通は利かないけど……新しい商品になるかもしれない。


 ダンジョン探索が終わったら、このスキルについて色々と調べてみよう。

 

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